第八回「優しさは盾になり」 真夜中の窓 |
公園は、処刑場になった。街灯も、民家の明かりも届かず、視界にさす光は空より射す月光と、数多に存在する水溜りから返る、月光。 そこに降り立つ冷徹にして麗らかな死神。死すらも美しく魅せるその姿に私は自失していた。 「毎日、毎日、張り込みをしていたのも無駄ではありませんでした。本来の目標とは異なりますが、忌まわしき化け物を駆逐できるのであれば文句はありません」 死神は、大鎌の代わりに、夜よりも暗い釘のような長剣を三本投擲してきた。 避けなきゃ…! 頭ではわかってるのに、体が動かなかった。最初の不意打ちが効いてるみたい。 肩、胸、足に易々と突き刺さる。そして、私の体は木枯らしに舞う木の葉のようにして宙を彷徨い、木に激突する。 「っ……」 これを抜いて、傷を塞がないと。急いで剣を引き抜こうとする。けど、 「準備運動ぐらいさせてもらえませんか」 次々と、夕立のように襲い来る黒剣。私は転がりながらそれを紙一重でかわす。動く度に剣が私に深く刺さる。痛い…痛いよ……。 「流石に反撃を期待はしませんが、反抗くらいはしてもらえませんか?」 色ちゃん……色ちゃん……色ちゃん……。私の体からは真っ赤な血が流れ出る。どす黒い血も、鮮やかな紅い血も流れ出る。このままじゃ……私……。 「弱い者いじめは好きではないのですが、吸血鬼を見逃すわけにもいきませんので」 いつの間にか、私の目の前にそびえる死神。 「迷わず逝きなさい……地獄へ…!」 至近距離で放たれる、私を穿とうとする六つの牙。 ……死ぬのは嫌……。 私は迫り来る凶力な投剣の軌道を予測し、足に力を込めてその間を縫うように避け、死神を蹴り飛ばす。予想外だったのか、反応が遅れた死神は直撃を受け、後方に吹き飛ぶ。 …やっぱり死にたくないよ、もう一度色ちゃんに逢うまでは……。 私は剣を思い切って引き抜き、死神に投げ返す。軽々とそれを避ける死神。私は彼に突進して、右手で力任せに殴りつける。難なくかわすと、すれ違いざまに私のお腹に剣が刺さる。 「さっきのは油断したからです。そうそう何度も当たるとは思わないでください」 もう、気にしてなんかいられない…。私は剣なんか気にしないで裏拳を打つ。けど、それも当たらない。また私の隙を狙って攻撃しようとるするけど、それよりも早く拳を突き出す。舌打ちをして離れる死神。 「先程とは別人のような動き。ようやくその気になったということですか」 瞳に映る月光がやけに冷たく感じられた。死神が剣を撃ち、それに隠れるようにして距離を詰めてくる。私は剣を片手で軽く払いのけて死神を殴りつけようとしたけど、そこには影も形もなかった。 「…この程度が見切れないようでは、準備運動止まりですよ」 後ろで声がする。と、私の背中から黒い錐が三本生えてくる。飛び散る鮮血。でも、私はそこで幼稚な力だけの反撃に転じる。死神は軽く上半身を動かしてそれを回避する。 「さて、体も温まりましたし、何よりあなたと同じ空間にいるのが厭で厭で仕方が無いので………」 死神は大きく飛び退き、街灯の上に立つ。 「終わらせます……!!」 私は顔を引締め、死神を睨み付ける。 ――私は負けない―― 死神が一瞬口を歪ませる。と、先刻降り注いだ量の倍近い漆黒の牙が私目掛けて飛来する。 私は唇をかみ締め、鉄の味を舌で感じながら全身に力を込める。収縮した筋肉が体を貫通している剣を押し抜く。そして、 ――私の想いは絶対に挫けない―― 全精神力を集中させて、全てを見切る。払い落とし、体を捻り、私は最小限の動きで回避し続ける。 と、剣とは別の殺気が強襲してきた。 ――だから、私は―― 死神が、今までに無い速さで突きを繰り出す。が、それよりも遥かに速く、 ――私は死に絶対負けたりはしない―― 私は右手刀を死神の左胸目掛けて撃ちだす。死神の攻撃は私の左手を持っていったけど、私の一撃は完全に心臓を貫いた。そのまま、私は手を引き抜かずに、死神を乱暴に振り回し、地面に叩きつける。鈍い音を立てて、死神は数mほど転がり、止まった。 また、人を殺した。不思議と罪悪感はなかった。色ちゃんに殺される覚悟が、それで彼女に一生罪を背負わせる覚悟が、色ちゃんと一緒に生きることは叶わぬ夢であると判断する覚悟ができていたからかもしれない。…なんだか複雑…。あれほど強く死を拒絶したのに。私は結局のところ、自分勝手で我侭で、救いようの無い人間なのだろう。 だから早く、私に救いの手を……。 「えっ……」 街を走り回って、疲労が足に鉛を流し込んで、それでも走り続けようとした色の鼻に鉄臭くて甘い香りが不意に刺さった。 「血の……匂い………」 犬のように鼻を鳴らし、匂いが濃くなる方へ、濃くなる方へと走り出した。まるで足に羽が生えたような、尋常ではない速度で。 とりあえず地面に落ちた左手を拾い上げる。くっつくかな、微妙なとこだったけど、傷口同士を合わせてみる。 「……っ」 背骨に雷が落ちたように痛かった。良く考えると、大怪我してたんだなって思う。 そのままじっとしてると、段々痛みが和らいでいくのがわかった。どうやらくっつきそうだ。でも、完全回復するには血が足りないみたい。足りないみたいだけど…、 「………はぁ」 でも、飲みたくないな。私はもう一回溜息をついてみる。人を殺しても血は飲みたくない。 ものすごくヘン。これじゃあ、まるで、 「化け物以下……ですね」 「……!!」 男の人が立っていた。私が心臓を貫いた男の人。まだ感覚だって残ってる、だから夢じゃない。 けど、左胸の穴からは向こう側の風景は見えなくて、ちゃんと肌色をしていた。 「ああ、安心してください。僕は死ねない体なんです」 そんな…。やっとのことで去ったはずの死神はあっけなく戻ってきた。 「しかし、まさか殺されるとは思いませんでした。最後の一撃、素晴らしい速さでしたね。あんなものを隠していたとは。でも、今度は私も本気ですからね。あのあーぱー吸血鬼用に会得したのですが、いい機会です。試しに使わせてもらいます」 死神は剣を両の手に構え、目を瞑り、体をだらんとさせた。 「?」 何がなんだか分からない私は、とりあえず殴りかかってみた。右手を大きく、弓を引き絞るように構えて、まだ微動だにしない死神に拳を…、 「えっ……」 私の拳が当たる前に、私の右手を黒い剣が抉った。そんな、死神は目を開いていないのに。 目を閉じたまま、いいえ、開いているときよりも鋭く研ぎ澄まされた一撃が襲い掛かってくる。それを紙一重でかわし、回し蹴りで胴を狙ったけど、 とすん、とすん、とすん 音もなく、静かに私の足は串刺しにされてしまった。決して速いわけじゃないのに、速さだったら私の方が上なのに。攻撃しようとすると待っていたように潰され、反撃されてしまう。 これじゃあ、まるで…、私は心に浮かんだ疑問の答えを探すために、大振りに殴りかかる。 どんどん、私の拳は死神に近づいていく。どんどん、どんどん。 今だ! 私は、当たる直前に拳を引っ込めて、蹴る準備に移行する。死神は、まったく動いていなかった。 やっぱり、自分の憶測が正解だってわかったからそのまま蹴りを出さずに私は死神と距離を置いた。 「どうかしたのですか?」 死神の声は、静かで、何も感じられなかった。 「そんなことが人間にできるんだ」 私は答えあわせを試みる。 「何のことです?」 「私の攻撃を予知してたでしょ?」 おそらく反応速度は死神よりも私のほうが上のはず。その私が限界まで止めなかったさっきの攻撃に対して、死神が何も反応しないはずが無い。そう、もともとそれがフェイントだと知っていれば別の話だけど。 「予知? 予測の間違いではありませんか?」 「100%当たる予測なんてないよ」 死神はふふっ、と軽く笑い、目を開けた。 「ちょっとした口伝技なんですけどね。名前を『神力瞑想』っていいます。相手の動きを予知する技なのですが、一つ前の動きが限界ですね。修練を積めばそれ以上も可能という話ですが…」 再び目を閉じる死神。 「貴女相手では必要ありませんね」 確かにその通りね。今のところ、何か予知を覆すだけの力を私は持っていない。でも、この状況を打破しないと…。考えあぐねていると、目の前に黒い牙が迫っていた。 「くっ…」 払い落とし、転がり回って、それでも数本刺さった。流石に攻撃を受けすぎたみたい、目の前が段々ぼやけて、体に力が入らなくなってきた。呼吸も荒くなってる。 「さようなら、名も無き吸血鬼」 駄目、死ねないの。そう思っても体は従ってはくれなかった。 ――色ちゃん―― 九つの黒い悪魔が私に牙を突き刺そうと首をもたげた時だった。 「弓塚さん!!」 ああ、色ちゃんの声が聞こえた。嬉しいな。最後に色ちゃんの声が聞けて。思い残すことは山ほどあるけど、でも、色ちゃんの声が最後に聞けてよかったな。 「遠野……さん…ですか?」 「先輩、やめてください」 色ちゃんが死神を睨み付ける。 月の明かりで青白く映る色ちゃんの顔は、いつもより儚くて、美しくて怖かった―― |
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