第七回 羽村 うさぎ |
辺りに散らばるゴミの山。周囲を塗りつぶす質の悪いペンキ。 至る所に咲き誇り、すぐに萎れていくアカイハナ。 その世界の中心で、真っ赤に濡れて無表情に笑う、私。 この異界を創り上げたのは私自身だというのに。 製作者はこの芸術の出来について概ね満足できているというのに。 張り付いた笑顔からは何故だか涙が止まらなくて。 だから、私は笑っていることしか出来なかった。 『いやぁぁぁぁぁっ!!』 その光景に耐え切れなくなったココロが絶叫を上げて、私は束の間の悪夢から目覚めた。 視界が霞む。手を当ててみると、涙でぐしょぐしょに濡れていた。 ―――そう、悪夢。そして、現実。 イヤな記憶を頭から追い出すように、頭を振る。けれど、脳にこびり付いてしまっているそれは簡単には出て行ってくれない。 ふと、時計に目を遣る。 AM6:13 床に就いてからあまり時間はたっていない。 なんとか気分を落ち着けて、また横になった。 粗大ゴミの山の中から拝借してきたベッドはちょっと気持ち悪いけど、ダンボールに比べればよほどマシ。 下水道での生活も、汚れの酷い制服も、 人間は必要に迫られれば嫌悪していたモノだってどんどん平気になっていく。 …そっか。私はもう、人間ですらないんだっけ。 どんなに振り払おうとしても、嫌悪感は大きくなるばかりだ。 死のうとも思った。狂ってしまおうとも考えた。 でも、未だに私はこうして自らを傷つけながら生きている。どちらかを止めてしまえば、楽になれるというのに。 止められないのは、私にちっぽけな希望が残されてしまっているから。 彼女とともに歩んでいけたらという、叶えられないユメがあるから。 …そう考えれば、以前に色ちゃんをモノに出来なかったのは、当然の結果だったように思う。 私は自分のユメを、自分で踏み躙ろうとしていたんだから。 色ちゃんの笑顔を思い出して、少し気分が楽になった。 我ながら幸せな奴だな、と思うけれど、同時に可愛くも思える。 ゆっくりと眠気が押し寄せてきた。 ほんのちいさな希望に縋る事が良いことなのかは判らない。 けれど、ユメぐらいは描いていこうと思うのだ。 夢の中では、私は色ちゃんと一緒に公園のベンチでひなたぼっこが出来るのだから。 …どうやら昨日の私の凶行は夢ではなかったらしい。 普段と同じモノになるはずだった朝の通学路。その交差点の向こう、昨日のあの女…アルクェイドとか言ったっけ? が手を振っていた。 こちらが動きを止めたと見るや、赤信号を無視して道路を横断中だ。 明らかに私に向かって歩いてきている。お礼参りなのは明白だ。 …青児さんは、私の視えるアレはモノの死だ、と言っていた。 モノの死。つまり、あの線に沿って切られたら、それは死ぬと言うこと。 最強の吸血鬼だかなんだか知らないけど、確かに私は彼女を切り刻んだ。 ―――それは例外なく"死ぬ"ということ。 では、どうして彼女はこっちに向かって歩いているのでしょうか? …そっくりさんとか? それとも昨日切り刻んだ彼女は実は偽者だったとか? あるいは、催眠術によって自分の都合の良い勝ち方をする幻想を見ていたとか … とてもじゃないけど私はドッポちゃんと同格である自信なんてない。 …まぁ、それは置いておいて。 問題は、笑顔で近づいて来るあの凶悪そうな彼女をどうするかって事なんだけど。 う〜ん、そういえば、吸血鬼って直射日光平気なのかな〜? さっちんは日光に弱いって言ってたけど… あ〜あ、昨日も昼間だったし、そのおかげで"あれは夢だった"に一票入れてたんだけどなぁ。 辺りには何時の間にか人っ子一人いなくなっている。 気がつけば彼我の距離はだいぶ縮まっていた。 どう考えても平和的解決は望めまい。仕方がないのでポケットの中から愛用のナイフを取り出した。 私の間合いからは遥かに外だけれど、彼女にそんな概念が通用するかどうか。 そもそもどんな攻撃手段を持っているか定かではないのだ。 …眼鏡を外している余裕は無いかなぁ。非常に困った。 う〜ん、下手にナイフを構えないで出来る限り油断させておいた方が正解だったかも… 「ずいぶんと殺る気満々みたいだけどね。止めておいた方が良いわよ。 昨日みたいな不意打ちならともかく、正面から戦って貴方が私に勝てるとは思えないわ」 「私もそう思うけど、無抵抗のまま殺されるのは趣味じゃなくてね」 膨れっ面で私がそう返すと、彼女は笑いながら意外なことを言い出した。 「ああ、そう言うことなら安心して。今の所、貴方に何かする気はないから」 「……え?」 もしかして、彼女は音に聞こえし"いいひと"なのだろうか? …ゴメン、そりゃないね。 私に危害を加えない、それでいて私に用がある。 …何故殺したのか、あるいは、どうやって殺したのか、聞きたい。 そんなところだろうか? 「ちょっと頼みたいことがあるの」 どうせ、ろくなものじゃない。 「その件に関しては拒否させてもらうよ」 「……刺すわよ?」 困った…私はテレポートセルを持っていないのだ。 「まったく…せっかく私を殺したことを許してあげようと思ってるのに… そんな態度とっているとホントに殺すわよ?」 …彼女はなんだか怒っているようだ。 いや、あんなことをされたのだから当然なのだけど。 自分を酷い目に合わせた敵に対しての態度ではなく、悪ふざけをした友人に対して抗議を行うような、そんな怒り方。 それは、昨日私が引き起こした、あの出来事とはあまりにも不釣合いで。 なんだか現実感が希薄だ。 「冗談よ。で、頼みたい事って何? まずはそれを聞かないと何とも言えないもの。 尤も、私が出来ることなんて高が知れているけどね」 …だからなのかもしれない。 私は既に警戒態勢を解きつつあった。 勝てない相手と知って、腹を括った訳じゃない。 単に、なんとなく気を許してしまったのだ。 「あのねぇ… 貴方そんなこと言える立場だと思ってるの? …まぁイイケド。 単純に言うと護衛よ。私の盾になってもらいたいの」 「―――――はぁ?」 護衛だの盾だの…この女は彼我の実力差を考えてものを言っているんだろうか? どう考えても守ってもらう必要は無さそうなほどの力を持っているはずだし、彼女が敵と認識できるほどの相手に対して、私が何か出来るとも思えない。 「むっ、なによー、その顔は?」 「護衛って… 出来るわけないでしょう? そもそも何から貴方を守れって言うのよ?」 「あ〜…そうね、護衛って言い方は間違いかな? …私ね、誰かさんの所為で死んじゃってね。お陰で復活するのに力の大半を注ぎこむ羽目になっちゃったのよ」 …なるほど。確かに私のこの魔眼は彼女を殺しはした。 けれど、その後生き返ったのなら一応説明はつく、か。 そう言えば吸血鬼って灰になっても蘇るって聞くし… まさか本当に生きかえるなんて思わなかったけど。 「本当に大変だったんだからね。どうがんばっても再生が始まらないから、体を創り直さなきゃ駄目だったのよ? …まぁ、その事は置いておいて…… 私の力がある程度回復するまで私の盾になって欲しいわけ。 多分、そう簡単には見つからないと思うんだけど…万が一って言うこともあるからね。 それに、盾なんて言ってるけど、貴方が昨日使った方法を使えば十分仕留められる相手だと思うわ。なにせ、あたしを殺すほどの概念武装だったんでしょう?」 …見つかるって、何に? 会話の順序やら何やらが滅茶苦茶だけど、大体彼女の言いたい事は判った。 彼女と敵対的な誰かがいて、今その誰かに見つかるとまずいから私に護衛をしろ、と。 最後の概念武装って言うのが気にかかるけど、多分私の目の力を言っているのだろう。 ただ、一つ聞いておかなければいけない事がある。 「で、あなたが殺り逢っている相手ってどんな奴なのよ?」 「あれ? 言ってなかったっけ?」 「…聞いてない」 あはは、そいつは失敗失敗――なんて言いながら、吸血鬼は笑っている。 史上最強…って貼ってあるレッテルが、剥がれて行きそうで―――― なにか、複雑… 「吸血鬼よ」 「―――――え?」 見れば、笑っていた顔が何時の間にか真剣さを帯びている。 彼女の敵は、彼女と同じ吸血鬼? ―――――それって、まさか…… 「今この街で事件が起きているでしょ? アレの犯人よ。 今はまだ活動規模もそう大きくはないし、楽勝かな? って思ってたんだけどね〜。 思わぬところで邪魔がはいちゃったから…」 連続通り魔事件の、犯人。 吸血鬼なんて言われていたそれは、本当に吸血鬼そのものだった。 私の良く知る人物。…いや、彼女が私を知っているほど、私は彼女を知らないだろう。 これから分かり合っていくはずだった彼女。 目の前のこの女は、その彼女を敵だと言った――― 「とにかく。私のことを手伝ってね。イヤとは言わせないわ。 私を殺したのは貴方なんだから、責任ぐらいはとってもらわないとね」 彼女が何か言っているが、どうでもいい事のようだった。 私の前で微笑む彼女は。 史上最強と形容されるこの吸血鬼は。 弓塚さつきの敵なのだと。 そのことだけが、私の思考を占拠していた。 「…もうその吸血鬼とは会ったの?」 「まさか。私は目前の獲物を逃がすほど間抜けじゃないわよ。 …今はともかくね」 獲物。その言葉に含まれている意味は、とても…重い。 彼女の回復に力を貸すことは、さっちんを殺すことと同義だ。 でも逆に、彼女と一緒に居ればさっちんを殺そうとするのを阻止できるかもしれない。 …確かに一度、私は彼女を殺したのだ。 隙さえ作ればもう一度殺すことも不可能ではない。 ……覚えたぞ…とか言われてないしね。 「―――わかったわ」 「あ、OKしてくれるの?」 その提案、受けましょう。 そして、少しでもあなたと親しくなるの。 あなたをもう一度殺す、そのときの為に。 さっちんを守る、そのためだけに。 「―――――あ」 「にゅ? どしたの?」 …忘れてた。さっちんを狙っているのって、彼女だけじゃなかったんだっけ。 人の良さそうな笑顔の仮面の、不穏な少年。 彼がどうして吸血鬼を追いかけているのかは知らないが、やはり放っておくわけにもいかない。 まずはさっちんに会わなくちゃ。そして、状況が変わったことを伝える。 そのためには…誰かの護衛なんてしている時間は、ない。 「残念だけど。私、やらなくちゃならないことがあったのよね。 時間が取れないからさ、その話のれないや。ゴメンね」 「…はいそうですか、なんて言うわけにもいかないのよね。私としても」 ―――――彼女の目つきが変わった。 …いや、目が変わったと表現するほうが正しいのか。 蛇に睨まれた蛙のように、私の体は彼女の瞳の力によって凍り付いてしまった。 昨日の先輩のそれとは格が違う。 こういった魔術(?)関連には強い耐性を持っていると自負していたが、そんなものなど問題にしないほどの強力な力。 強力な意志の力をそのまま脳髄に叩きつけられるような悪寒。 正に尻の穴にぶっとい氷柱を刺し込まれるような感覚じゃぁぁぁぁっ!! 「自分の立場を考えなさい。 私は貴方が使えそうだから赦してあげようと言っているのよ? 勘違いしないでもらいたいわね」 そんなことは判っている。 実力差だって、イヤって言うほど体験中だ。 それでも、彼女に手を貸すことは許されない。いや、許せない。 全身を支配する恐怖と緊張を押し殺して左手を動かしていく。 ゆっくりと。少しずつ。 それは、この緊迫した場面では哀しくなるほど緩慢とした動作だったが、それが今の私の精一杯だ。 「―――へぇ。魔眼の影響下にあって体を動かせるんだ。 流石。私を殺しただけのことはあるわね」 そう言いながらも、別段彼女に変わった様子は見られない。 解っているのだろう。私が手を動かすだけで精一杯と言うことが。 ―――その余裕をついて、殺す。 彼女は自分が圧倒的であることを知っている。 そして、私の武器がなんであるのかを理解していない。 ややあって、やっとのことで眼鏡を少しずらす事が出来た。 上目遣いにして彼女を裸眼で睨める程度だが、これで十分。 私の瞳に、死が囁きかける。 世界に散らばる死のかけら。 それは彼女にも、そして、彼女の"視線"にも。 左手はそのまま、眼鏡に当てて。 右手のナイフで、"視線"を"殺す" それを殺してみた所で、効果が途切れるのは一瞬のことだろうけれど。 彼女を殺すには、それで十分。いや、むしろその刹那に殺せなければ屍を晒すのは私のほうだ。 両手、両足。そして瞳。 その全てに神経を集中させて――――― 不意に、私を縛っていた戒めが解けた。 次の瞬間、彼女が立っていたところに大量の剣が突き刺さる。 す、と身をかわした彼女の視線の先には先輩の姿。 何本もの剣を構え、冷たい目でアルクェイドを見据えていた。 「白昼堂々と戦闘ですか。…大胆なものですね。 で、何が目的ですか? ドラキュリーナ」 「白昼堂々だからだったんだけど…あんたのこと忘れてたわ」 そう言って身構えるアルクェイド。私と先輩の挟撃を警戒してか、二人を注視しながらじりじりとサイドに移動する。 とたん、先輩の方が顔をしかめた。 しまった、という表情ではない。何故そんな事をするの? といった、怪訝そうな顔つきだ。 「…助かりましたよ、先輩。 正直、ピンチでした」 「……遠野さんも災難ですね。あんなあーぱー吸血鬼に目を付けられるなんて。 あの女、頭は悪いですが力は強いですからね。 …いったい、なにやったんですか?」 「…手屁っ☆」 まさか切り刻みましたとは言えない雰囲気だ。これは。 「―――ちょっと。聞き捨てならない事言ってくれるわね」 「すみませんでしたね。まあ、真実ですから」 ついに。 王立VSバチカンの睨み合いが始まってしまった。 こんなときはどうしたら良いのだろう。何時の間にか私は蚊帳の外に押し出されてしまっている。 あいにくと辺りには人影は見えない。 御年寄りの観光団体でも居てくれればまだ何とかできたかもしれないのに。 …いや、別に止める必要もないのか。既に二人は一触即発なところに来ている。 漠然と、共倒れてくれれば良いのに、なんて思ったりした。 それともここはどちらかに加勢するべきだろうか? 二人の様子から見るに、実力はそんなに離れている、と言う訳でも無さそうだった。私が横から手を出せば、それが決定的な差になる可能性は大きい。 味方をするなら先輩のほうがいい。 その方が信用を得られそうだし、アルクェイドは何かとヤバ過ぎる。殺っておくのは早い方が良い。 だが、それはひどくリスキーな選択でもある。 1歩間違えれば目の前に待つのは、死だ。 さんざん迷った挙句、私は素直に学校に行くことにした。 二人はお互いしか見えていなそうだったので、別に問題はない…と思う。 私は本来事勿れ主義なのだ。わざわざ積極的に関わる必要もあるまい。これ以上私に用があるなら、またやってくるだろう。そのときまで問題を先送りすることにした。 無視して学校へと急ぐ私の背に二人の声が聞こえてきた。何故か単なる罵り合いの言葉だったが。 それにしてもアルクェイドよ。あなた、男性に対して『でかじりー』は無いでしょうに… 「あははーっ、色さんはいらっしゃいますか〜?」 昼休みなってすぐの教室。 有彦と『お昼どうする?』なんて会話をしていた矢先、廊下の方からそんな声が聞こえてきた。 …どうでも良いけど先輩、キャラ間違ってるよ。 有彦があれって顔をしながらも、こっちこっちと手を振る。態度から察するに、知り合いなのかもしれない。 先輩の方はと言うと、何故か朝の仕打ちにもかかわらず上機嫌でこちらへと歩いてくる。 てっきりむすっとした顔で、『遠野さん、酷いですよ』なんて言うと思っていたのに。 「有彦君。ちょっと申し訳ないんですけど、遠野さんを借りて行って構わないですか?」 「あ、いいッスよ。昼飯どうするって話してただけだから」 何故私を呼びつけるのに有彦の許可がいるのか激しく疑問に感じたけどそんな抗議をした所で有彦が調子に乗るだけなのでやめておいた。 代わりに先輩に抗議の視線を送る。 付き合いの長い有彦はその様を見てクククと笑いをこらえているけど先輩はどうして睨まれているのか分からないみたいだ。 「あ、もしかしてお邪魔でしたか?」 …おまけにそんな事まで言ってくれた。 遂に堪え切れなくなったらしい有彦があひゃひゃひゃひゃ、と変な笑い声を上げる中、同じく堪え切れなくなった私は先輩を廊下に連れ出した。 先輩は目を白黒させている。 「で、何か用ですか? 朝の件?」 「そのこともありますけど、それだけじゃありません。 とりあえず、食堂にでも行きませんか? 奢りますよ♪」 やたらにニコニコとしている先輩の様子が少々気になったが、ここは素直に従うことにした。敵は少ない方が良いし、何よりアルクェイドの情報が欲しい。 史上最強の吸血鬼だとは聞いていたけど、さっちんから聞いた話や、いわゆる伝説上の吸血鬼とはかなり違う様子だったから。 一瞬にして、目の前にカレーの山が出来あがっていた。 チキンカレー、ビーフカレー、キーマカレー。トドメとばかりにカレーうどん。 目の前の先輩はお好きな物をどうぞ、と言ってくれるが、選択の自由はあまり無かった。 これは何かの嫌がらせだろうか? 本気だとしても、女性にカレーを勧める男の人は減点対象だと思う。 とりあえず無難にチキンカレーを選ぶと、先輩は私にお皿を差し出した後、颯爽とビーフカレーにスプーンを刺し入れた。口元に運ぶ。そして、まさに幸せの絶頂です、と言った表情。 ああ、これは素なんだな、と納得して、私もカレーに手をつけ始めた。 「で、お話って?」 このままでは先輩が食べ終わるまで話が進まなそうなので、こちらから振ってみることにした。 「お礼ですよ」 「お礼?」 「ええ。なんでもあの馬鹿女を切り刻んでくれたそうじゃないですか♪ 彼女、力の大半を失ったらしく、面白いほど弱ってましたね」 なるほど、先ほどからの上機嫌はそれが理由か。 「遠野さんが協力しますよって言ってくれたときは、『本当なのかな?』なんて疑ってしまいましたが…いやぁ、失礼しました」 「それは良いんだけど… 先輩、一つ聞いて良いですか?」 「はい?」 「アルクェイドって、吸血鬼なんだよね?」 「はい。見るのも嫌な人類の敵です」 たかが香辛料と同じ評価か。哀しいね… 「日光とかに当たったりして平気なの?」 「それはですねぇ…」 先輩は使徒と真祖と言う二種類の吸血鬼の違いを親切に、やたらと細かく教えてくれた。さっちんのような普通(?)の吸血鬼とは違うものらしい。 「厄介なんですよねぇ… 日光に当たっても全然平気ですから波紋法も効果無いし… まぁ、それでも日中は力が弱るんですけどね」 「先輩、波紋法って…」 「簡単に言うと血液の流れから生まれるエネルギーを扱う技術ですよ。 太陽エネルギーと同じ属性を持っていて不浄なる者達に効果大です。 応用すれば強化、操作系の念のような使いかたも出来ます」 念って何ですか…と聞こうとして、なんとか押し止める。 これ以上聞いても本題から遠のくばかりだし、ごちゃごちゃし過ぎてしまうだろう。 波紋法にというものを先輩から詳しく聞いておく。どんなものか知っていればさっちんを守り易いだろう。不自然では無い程度に、出来るだけ、細かく。 波紋法に対して大まかに理解し終わって、さて、ここからが本題だ。 「先輩って吸血鬼を殺して回るのが仕事なの?」 「まぁ、そんなものですね」 「もしなりたくてなった訳じゃないのに吸血鬼になっちゃった人とかが居たらどうしてる?」 「…殺します」 にべも無く先輩は言い切った。正確には浄化と言うんですけどね、なんて訂正しながら。 「吸血鬼…その、使徒の方だけど、人間に戻すことは出来ないの?」 「はい。少なくとも私は知りません。 一度変化してしまったものを元に戻すのはそう簡単なことではありませんよ。 絶対に、とは言いきれませんが、無理でしょうね。それが可能だとしたら最早魔法の領域です」 無理、なのかな… いや、ここで諦めたら何にもならない。魔法とは、即ち奇跡の事。青児さんからそう聞いた事がある。だったらそんなもの、その辺にいくらでも転がっている。 「どうか…しましたか?」 私の表情の変化を疑問に思ったのだろう。無理矢理吸血鬼にされた人が可哀想で、なんてしおらしいことを言って誤魔化してみる。嘘は言ってないわけだし。 「―――使徒からさらに高次の存在に至る事は出来るらしいですけどね…」 面白く無さそうに先輩が漏らす。 「高次の存在?」 「さっき、死徒とは魔術師がその魔術の果てに辿り着く場合もあると言いましたよね? その魔術師は死徒になってもさらに上を目指すわけです。 魔術儀式の果てにその上の段階に上り詰めた魔術師―――いや、魔法使いですかね? かつては存在したそうです。 いわゆる真祖とは違い、地球上のあらゆる生命の力を内包した不死身の生物、だそうです。日光に耐性が出来る…というか、むしろ神聖な存在となってしまうらしいですね。対吸血鬼用のあらゆる概念武装も効果がないそうですし。火山の爆発の際に姿を消したそうですが… どうなんでしょうね?」 最後のどうなんでしょうね、は、この話が事実かどうか解らないと言うことなのだろう。 先輩の話は尚も続き、根源がどうとかって話をしている。そろそろ頭が痛くなってきたので、話半分に聞き流した。 「―――おや、もうこんな時間ですか」 気が付くと予鈴が鳴っていた。私は殆ど聞き役に回っていたはずなのに、先輩の前に在ったカレーの山は何時の間にか無くなっている。 それとは対照的に私のお皿にはまだ少しカレーが残っていた。多分、先輩の食べっぷりを見ていたらおなかが一杯になったんだろう。 残したら文句を言われそうな雰囲気だったので、無理に残りを口に入れた。大した量は食べて無いのに、当分カレーは食べたく無い気分だ。 「それでは私はこれで。何かあったら相談にのりますよ」 私が最後の一口を呑みこむのを見計らってから先輩はそう言って去っていった。 相談、ね。 弓塚さつきを見逃してくれませんかっていう相談は、却下だろうな。 「あさー、あさだよ〜。朝ご飯食べて学校に行くよ〜。 あさー、あさだ……」 かちり。 起床を告げる目覚し時計を止めて、私はゆったりと体を起こす。 私はもう朝起きる必要もなければ、学校に行くことも出来ない。 こんな皮肉った目覚し時計は使いたくないのだが、もう一つの目覚し時計は寝ぼけて叩き壊してしまったので、仕方がなかった。 完全な暗闇の中でぼうっと時計を見る。もう日が暮れる時刻だ。 目覚ましをセットしたのは私なのだからいちいち確認しなくても時刻はわかっているのだが、何故か何時もそんな事をしてしまう。 ハッキリしない頭に活を入れて、塒を後にする。 行く当てもなく、日光から身を守らなくてはならない私にとって、この場所は非常に都合が良かった。 下水道の隅に当たるここは、新しく出来る工場の為に新設され、既存の下水道に繋がる格好になっている。 ところがその工場が造りかけで放棄されているため、排水が流れていないのだ。 造りかけの工場が傘になって雨水さえ殆ど流れこまない。 いい加減な工事が既存の下水と繋げる際に、誤って変に高く繋げてしまったため、普通の人はよほど変な気を起こさない限り入ってこないだろうことも考えれば条件は悪く無い。 出口まで数キロほど歩かなければならないのが難点といえば難点だが、時間も体力も有り余っている私にとってはさほど苦痛ではなかった。 もっともジメジメとした湿気はどうしようもないし、虫だって良く解らない種類のものがいっぱい居る。 それとなく新しい住処を探しているのだが、日光が完全に防げる場所で、尚且つ人に見つからない場所なんてそうそう都合良くは見つからない。 そもそも日光が当たらない時点でジメジメしてて虫が沸くのは当然のことで。 ここより良い所なんて、殆ど存在しないとは思うのだけど… やっぱり虫だけはカンベンしてもらいたい。 ―――それにしても、工場の排水を普通の下水道に流して良いものなのだろうか。 …もしかしたらその辺が工場が建ってない理由だったりして。 どうでもいいことを考えながら歩き続け、出口までたどり着いた。 今日は雨降りらしい。あちこちから滴が垂れてくる。音を聞いてみると、結構激しく降っているようだった。 鉄板で仕切られた外の世界に人の気配がないことを確認して、蓋をそっと持ち上げる。この出口とて、奥まった路地の行き止まり。あまり環境は良くはない。 たまに行き場を無くした浮浪者や、怖い感じのお兄さんがいることも有ったが、そんなものはどうにでもなった。 私が吸血鬼に成ってから、もう今日で四日目。 その間に私の肉体は凄いスピードで伝説上の化物へと変わっていった。 強靭な肉体に、異常な治癒力。鋭すぎる五感。何時の間にか出来るようになっていく妖しげな特技。 それでも、ココロだけはあまり強化されてはいないみたい。 いっそ、自分は最強の生物であると。 人間などは塵芥であると、思えたら良かったのに。 薄暗い街に体を溶け込ませながら周囲を散策する。 連続通り魔事件の影響で完全に日が落ちてしまうと殆ど獲物を見つけることが出来ない。加えて、今日は土砂降りだ。 別に選好みしないのならばお手ごろなのがその辺に幾らでも転がっているだろうけど、食事制限中でもあるわけだし、時間もたっぷりある。 出来れば美味しそうな人を見つけたかった。 基本的には一度も体液の交換をした事の無いもの――― 要するにHした事の無い、高校生から大学生ぐらいの人間の血が一番美味しい。 …私の血も、それなりに美味だったんだろうな〜なんてどうでも良いこともちょっと考えた。 今日そんな上モノを探すのは難しいかもしれないが、どうせ他にやることも無い。 人々に出来るだけ知覚されないように気を配りながら街中を適当に徘徊する。 適当と言っても、大まかな目安はある。人通りの多い所はダメだし、若者が多く集まる場所もあまり向かない。 大まかに人間を確認するのは嗅覚が一番向いている。 そう言った場所はたいてい香水などの香りが強すぎて目標を絞り辛いし、なにより襲い難い。 …こうやって人を対象にした狩りの仕方を考えている自分を嫌悪しながらも、獲物を探すための行動には余念が無い。それが一層嫌になる。 衝動を抑えきれなくなって、むやみやたらと人を殺めるよりは良いと言うのは、ただの自己弁護なんだろうか。 半時ほどだろうか。 当ても無く探し回っていたわりには運良くターゲットを発見できた。 まだ直接姿は捉えて無いけれど、多分二人連れの女子高生。仲良く相合傘で下校中らしかった。 少し先回りして簡単に隠れられる所を探す。人通りもあまり無い区域なので問題は無いと思う。 気配を殺して、二人を待つ。 ―――――来た。 ほぼ予想通り。そう遠くはない女子高の生徒だった。 学年が違うのだろうか。セーラー服のタイの色が異なっている。 他校の学年の色なんて判らないけど、ロングヘアーの娘の方が年上らしい雰囲気を見せていた。 殺人気の跋扈する、ましてやこの雨の中で、しかし二人は楽しそうに笑っている。 肩口は濡れているし、靴なんて酷い事になっている。そのことを嬉しくは思わないと思うけど、きっと、これも日常の中のスパイスという奴なのだ。 「もう、お姉さまったら」 視覚や嗅覚だけじゃなく、十分人間の規格から外れてしまっている私の耳にそんな言葉が飛びこんできた。無意識のうちに、二人の会話が気になったのだろう。 それにしても、彼女達はそういう関係なのだろうか。 前々からあの学校には"多い"と聞いていたけれど。 良く見れば友人にしてはずいぶんと体を摺り寄せている気がする。…まぁ、私も人のことはちっとも言えない性癖ではある。って言うか、同類。 いや、一概にそうとは言えないかもしれない。私が好きなのは色ちゃんであって、女性全般には興味が無い。色ちゃんが女性だから、結果的にレズビアンということになる。卵が先か、鶏が先か。でも、これはそれなりに意味を持っているような気がした。彼女達は、そのどちらなのだろう。 「はいはい、私が悪かったわ。でもね、なんだか悪いような気がして…」 「そんな事気にしなくても良いですよ。それにほら、私の家の方が近いんですし」 「はいはい。もう判ったから。おねぇさん思いの良い子ね」 「も〜、すぐそんなこと言う〜」 「ふふっ♪」 ―――――不意に。 二人の姿が私と色ちゃんとに、ダブって見えた。 目頭が熱くなる。嗚咽が漏れそうになる。 あの二人が暮している世界は、正に日常そのものだ。 例え世間から後ろ指を刺されるような関係であったとしても、そんな事は関係無くて。 ほんの何日か前まで、私も暮していた世界。 どんなに願っても、もう帰れない世界。 世界は、日常と非日常を残酷に明示する。 雨の中、獲物を待ち構えている私は、明らかに異分子だ。 あの、夕焼けの帰り道での私達は、彼女達のように映っていたのだろうか―― ― 意識せず、私は彼女達から目を背けていた。何時の間にか涙が溢れ、それは大粒の雨と一緒に制服へと染み込んでいった。 制服。そう言えば、もうずいぶんとボロボロになってしまった。 靴下や下着類だって取り替えていない。 基本的に新陳代謝はなくなっているから、私の臭いが付く、といったことはないだろうけど、許されざる問題だ。少なくとも、女の子としては。 生活している場所も問題。自分では判らないかもしれないが、下水の匂いが染み付いちゃっているのかもしれない。 元々メイクはあまりするほうではないが、それらももう必要なくなってしまった。 人目を避けることで私の安全も、人々の安全もある程度守れるけど、その代わりに、私はどんどん人間らしさを失っていく。 ―――今の私を見て、色ちゃんはどんな顔をするだろうか。 私を心配してくれるだろうか。私を元気付けてくれるだろうか。 一緒にニンゲンになる方法を探そうって言ってくれるかもしれない。 けれど、もし嫌われたら? あなたのことはもういいって、見捨てられちゃったら? ―――――考えてなかった。 色ちゃんの優しさの前に、安心しきっていた。 拒絶の言葉。それは、何にも増して恐ろしかった。 不安はどんどんと成長し、恐怖が私を支配する。 色ちゃんに会いたい。でも――― 「わっ… えっと、その、大丈夫…ですか?」 私と目が合った少女が異常な気配を感じて私に声をかける。 ―――私は何がしたいんだろう。気が付くと、彼女達の前にその身を晒していた。 年下っぽい少女は私を心配そうに。 お姉さまと呼ばれた少女は私をいぶかしむように。 周囲には他に人の気配は無い。自分の行動に歯軋りしながら、当初の目的を果たすべく行動を開始する。 いくら連続通り魔殺人事件が起きているからと言って、私をその犯人と思ったわけではないだろう。それでも二人は警戒して一歩、二歩と後ろに下がる。 ―――――年下の娘を庇う様に位置を変えた"お姉さま"が、酷く癪に障った。 二人を捕らえようと、瞳に意識を集中させる。 これも何時の間にか出来るようになっていた能力の一つらしい。強く睨みつけた相手の意識をあやふやな物にさせ、自我を極端に弱める。 催眠術に便利そうだけど、私が使うのは相手の記憶を不確かな物にしたり、言うことを聞かせ易くすると言った程度。 …催眠術ってそういう物だったかもしれない。 私は律儀にも、色ちゃんと会ったあの夜以来、人を殺さず血液だけ貰うようにしている。こういった面倒な事をやるときに記憶の操作は便利だった。 吸血鬼と言うのは牙を首筋に突き立てて血を吸うものと相場が決まっているが、実際はそんな事は無い。私は体のどこからでも血を吸うことが出来る。正しくは自分の体を自在に操れるため、体に触れていればどこでも良いと言った具合か。尤も、色ちゃんの時は、そんな味気ない真似はしなかったが。 体を自在に操ると言うのは、手や足を動かすと言うことでは無い。髪の毛を好きに操作できるし、血管の位置を変える事も出来る。体液を瞬間的に気化させる事によって触れているものを凍りつかせるといったことまで可能だ。 だから血を吸うときは手を相手の頚動脈に当ててちょっとづつ血を貰う。軽い貧血を起こす程度の摂取でも一遍に抜けば命に関わる場合もある。 二人を物陰に連れ込んで、ゆっくりと血を吸っていく。こちらから吸血鬼の因子を送りこまなければ相手が吸血鬼やゾンビになる事も無い。なにも知らぬ最初の頃こそ不用意に吸血鬼もどきを量産してしまったが、もうそんな事も無いだろう。 人は血液をどれくらい持っていて、どれくらい失うと危険なのかという事は、知識としてよりも体のほうが知っていてくれる。 満腹とはとても言えない量だったが、これ以上は二人が危険だろう。放心状態の彼女達はそのままにして、さっさとこの場所を後にする。意識もすぐに戻るはずだ。 辺りには相変わらず人の気配が無い。 雨の中に身を置きながら、取り留めのない事に思いを巡らせていく。 とりあえず存在していくには十分な量の血は得ることが出来た。吸血鬼としてはもうやる事は無くなった。 でも、これからあの下水の中に潜っていくのも寂しすぎると思う。かといって、今の私には他にやる事なんて無い。 べつに少々体が冷えた所でどうってことの無い私にとって、この雨はシャワーと同じだ。薄汚れた制服も、少しは綺麗になるかもしれない。 しばし考えた末に、公園へ行こうと思った。どうせ人も居ないだろう。あそこでフラフラと散歩をしてみるのも悪くは無い。 ―――もしかしたら、この雨の中、色ちゃんが私を探してくれているかもしれないし。 そんな幻想を夢見たけれど、すぐに打ち消した。そんな事は有り得ない。失望するだけだ、と。 それにこのボロボロの格好で、どうしようというのだろう、と。 そうやって思いを打ち消そうとして、やっぱり打ち消せ無い自分が居て。 やはり私は色ちゃんに支配されているのだなと、改めて実感した。 思った通り、公園は無人だった。 広い敷地を一人きりで歩く。昔の私だったら、雨が降っていなくたって誰かが物陰に潜んでいるかもしれない、とか、オバケが出てきたらどうしよう等と言って怯えていただろう。 なんだか可笑しくなった。 人が潜んでいたとしても今の私ならすぐに判るし、その気になれば呆気なく殺せる。 オバケなんて、今の私自身がまさにそうじゃない。 暗闇を恐れない自分。それは、単純に力が強くなったからじゃなくて。きっと、人とは違う生き物になってしまっているからなのだろう。 些細な行動やちょっとした考え方から自分は変わってしまったのだと、もう何度実感したのだろうか。人を遥かに凌駕する吸血鬼の最大の弱点は、人の心なんだ。 激しい野心や揺るぎ無い信念があれば良かったのだろうか。殺人に快楽出来る趣向を持っていれば幸せだったのだろうか。 神様なんて者がいるとすれば残酷だ。こんな力はそういった人達に与えてあげれば良かったのに。 私が欲しいのは人の心。色ちゃんの微笑。そのためにはこんな力、邪魔にしかならない。 もう戻れない日常を回顧していく。 家族の事。学校の事。友達の事。そして、好きだった人の事。 こうやって思い返して見れば、私の日常というものは酷く空虚なものだった。 何時の頃からか、私は優等生というレッテルを貼られていた。学校の成績は概ね良かったし、生活態度も良好だったと思う。周囲が私に期待していくなか、私はその期待に出来るだけこたえていった。 そして、どんどん自分を無くしていった。両親も含めて、私のまわりの人間たちは私にそういったものを期待していたから。 本当の私は全然違うのに、虚構の私が一人歩きしていく。 被っていただけの仮面が、何時の間にか貼りついて剥がれない。 私は私を嫌いになった。私を支配するもう一人の私を憎んでいた。 だからきっと、私は私を殺したかったのだ。 私が色ちゃんに引かれたのはその危うさがきっかけなんだと思う。 研ぎ澄まされたナイフ…いえ、ギリギリまで尖らせた鉛筆の方が正しいかも。 私を刺し殺してくれそうな存在であるのに、それだけじゃなくて、今にも折れてしまいそうな危うさも持ち合わせている。 私の事故破壊的な願望と、必要とされていたいという願望とを、同時に満たしてくれそうな人だったから。 色ちゃんさえいなければ、私はこうなっても大して困りはしなかったのだ。 でも、私は色ちゃんを知ってしまった。 自ら崩壊するのではなく、色ちゃんに殺して欲しかった。 そうする事で、色ちゃんの傍に居られるような気がしていたから。 でも、その優等生の弓塚さつきは別の誰かに殺されてしまった。酷い略奪だと思う。その罪が無ければ、色ちゃんが何時まで私の傍に居てくれるか判らないのに。 色ちゃんはもう誰かを殺した事があるのだろうか。この前の時はそんなそぶりは見せなかったけれど。 もしまだなら、最初の相手は私であって欲しいなって思う。色ちゃんが、ずっと、私のことを覚えていてくれるように。 ああ、そうか。色ちゃんに殺してもらえる事が私の幸せなのかもしれない。 もちろん、色ちゃんと一緒に生きていけたら、それが一番良いに決まっている。 でも、どうやって? 色ちゃんと私は、どうやって同じ時を過ごせばいいんだろう。 私は殺されてしまったけれど、まだ私が残っている。 もし、救いが無いのなら、それは最良の結末かもしれない。 ―――ふふっ、私がこんな事考えてるって知ったら、色ちゃんはなんて言うかな… 馬鹿な事は止めなさいって、叱ってくれるかな。それとも喜んで私を殺してくれるのかな。無視されるのは嫌だな。あなたなんてもう知らないって言われるのが、一番嫌だ――― 真っ暗な空を見上げる。 瞳に雨粒が当たるけれど、それでも決して閉じたりはしない。 昔の歌に涙がこぼれないように上を向け、なんて言うのがあったけれど、これじゃまるっきり逆効果だ。瞳から流れ落ちる水は滝のよう。涙というよりは殆ど水だからそういった意味での効果はあるかもしれないけどね。 色ちゃんと共に歩んでいくことが私の希望。 でもそれが叶わないと言うならば。 責めて彼女に殺されたいと思うのは、贅沢な望みでしょうか? あの時私達を照らしてくれた月の光は厚い雲に遮られて届かない。それでも見えない月へと、届かない月へと両手を伸ばした。 「傷には雨を 花には毒を わたしに刃を…か……」 ―――ヒュンヒュンと空気を切り裂く音がして。 それは、すぐさまぐちゅりと骨肉を抉る音に変化した。 何時の間にかお腹から剣が生えている。血の固まりが逆流してきて喉元をふさぐ。 「嘘には罰を 月には牙を あなたに報いを…でしたよね?」 |
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