第六回
水無月 忍
……暑い。
まっ黄色(末期色に非ず)な太陽はじっとしていても私の体力を容赦なく削り取っていく。
ましてや今私は繁華街を全力疾走している。
スタミナに欠陥のある私でなくても疲労して当たり前だ。
しかし、探し人の特徴である茶色のツインテールは見つからない。
一昨日にこの辺で会えたのだから、今日もこの辺りにいると思っていたが……甘かったらしい。
私は汗を手で拭い、少し呼吸を整える。
身体はまだ大丈夫。しかし……このままではいつか倒れるだろう。
ショーウィンドウに自分の顔を映すと、少し蒼ざめているのが分かる。
しかし、探し人……さっちんはもっと辛いはずだ。
私が頑張って保護してやらなくては彼女はいずれ先輩に狩られてしまう。
そうでなくてもこれ以上、彼女に凶行を繰り返して欲しくは無い。
私としては彼女が輸血パックで妥協してくれさえすれば、(多少の問題はあるが)ウチで保護する(×囲う)ことが出来るのだが……
いずれにせよ彼女を発見しないことには始まらない。
とにかく彼女を……
「……あ。」
そこで今更ながらに重大な作戦ミスに気が付いた。
吸血鬼は夜行性。
今は……午後二時位だろうか?
「……いるわけないよねぇ」
私は思わず苦笑する。
どうにも気持ちだけが先走ってしまっている。
まず落ち着かなくては、助けられる物も助けられなくなってしまう。
一息。
とにかく一度屋敷に戻ろう。
私は一つ頷き、頭を上げ……

……それを発見してしまった。

ショーウィンドウに映った、一度……いや。二度見たことのある金色の髪。
今日はさらに白い肌と、端正な横顔が見える。

ドクン。

その横顔だけで、心臓が跳ねた。
是非ともねんごろになりた……いや、妹にした……でもなくて、とにかく理性や理屈抜きで彼女には何か惹かれるものがある。
あとはもう、何も考えられないままに彼女の後を追ってしまった。
その一瞬、ほんの少しだけ残った良心が「これはストーカー行為で、犯罪だ」と叫んでいたが、すでに麻痺した頭には届かない。
古代日本では覗き見強姦公認だったんだ(多大な誤解かつ曲解)。
綺麗なお姉さんに見とれて何が悪い。
彼女はゆっくりと歩いている。
尾行しているこっちに気付いている様子は全く無い。
ここからなら走れば話しかけられる。
話しかけて名前を聞こう。
……名前を聞く?
冗談じゃない。
私はそんなことをしたいんじゃないって、私自身よく分かっている。
そのまま彼女を付けまわす。
ポケットに手を入れて歩いている。
指先がポケットの中にあって、なお冷たい鉄の塊に触れている。
なんて幸運。
道具は揃っている。
……彼女は何も気付かずに歩いていく。
充分に距離をとろう。
気付かれないように、周囲の連中に不審に思われないように。

そして、彼女はマンションに入っていく。
まだ中には入らずに、外から様子を眺めた。
彼女はエレベーターに乗って、上の階に上がっていく。
エレベーターは六階で止まった。
ポストの匂いを嗅ぐなんて犬みたいなことをして確認する。
間違いない。
六階の三号室が彼女の部屋だ。
エレベーターに乗り、ポケットの中のナイフを握り締める。
わくわくする。
すぐ側に彼女がいて、あともう少しで彼女を    出来る。
エレベーターから降りる。
好都合なことに、六階に人影は無い。
呼び鈴を押そうとして、止める。
メガネは邪魔だ。
ゆっくりとメガネを外す。
黒い線が、見える。
準備は万端だ。
自分の身体はすでに私の制御を離れて、勝手に動き出す。
指が、勝手にチャイムを押した。
「はい……」
扉越しに声がして、扉が微かに開く。
キーチェーンなんぞされていたらその時点でアウトだが、幸いそんな物されていない。
瞬間、そのわずかな隙間から部屋の中に滑り込んだ。
「……え?」
彼女の声がした。
いや。しそうになったが、彼女の声がすることは永遠に無い。
その前に私は彼女をバラしていた。

ドアから中に入った瞬間。
一秒もかけず、彼女の体中に走っていた線をナイフでなぞった。
刺し、
切り、
通し、
走らせ、
ざっくざっくに切断する。
完膚なきまでに、「殺した」。
彼女の身体にあった計十七本の黒い線。
首、後頭部、右目から唇まで、右上腕、右腕下部、右薬指、左肘、左親指、中指、左乳房、
肋骨部分より心臓まで、胃部より腹部までの同二箇所、左股、左腿、左脛、左足の指の全て。
指とか殺しても意味が無いような気もするが、まあ見えたからついでに全部切っておこう。
すれ違いざまに一秒の時間もかけずに、瞬く間に彼女を十七個の肉片に「解体」した。
これが昨日、あれだけの威圧感を持っていた女か?
あまりにもあっけなさすぎる。
『……え?』
すごく間の抜けた声が聞こえた。
それが自分の喉から出た音だということに実感が沸かなかった。
くらり、と眩暈が起こる。
目の前にはバラバラに散らばった彼女の身体。
フローリングの床にはバケツをひっくり返したように赤い血が広がっている。むせ返る血の匂い。
切断面はとてもキレイで、臓物はこぼれていない。
これではしゅー○っはに出てくる某令嬢は納得してはくれないだろう。
ただ赤い色だけが、地面を侵食していっている。
不思議な話。
部屋には何もなくて、ただバラバラになった女性の手足と、自分だけが呆然と立っている。
「なん……で?」
なんでもなにもない。
たった今、自分の手であっさり見知らぬ女性をバラバラにしてしまった。
名前を聞いたり、そのテの趣味があるなら仲良くなって、あわよくば喰ってしまおうと思っていたのに……
フローリングの床に、赤い血が広がっていく。
ぬらり、と足元に赤い血が伝わってくる。
「ちが、う」
何も違わないのに、とにかく否定している。
「……違う」
とにかく、違う。
「違う……違う!違う!違う!違う!」
でも、彼女を見た瞬間、思った事は一つだった。
私は……遠野色は、あの女性を、殺したいと思った。
理由なんかなく、とにかくそう思ってしまった。
吐き気とともに胃から何かがこみ上げてくる。
「あああああああああああ!!!」
駆け出した。
誰かに見られるとか、死体を隠さなきゃとか、そんな余分なことを考えている余裕は一切無かった。
ただここから逃げ出したくて、半狂乱になって見知らぬマンションの部屋から駆け出した。

「ご……ぼ……
胃液が逆流する。
地面に跪いて、胃の中の物を残らず吐いた。
食べ物も、胃液も、泣きながら吐き出した。
吐き気、眩暈、血の下がっていく感触……
意識はそこでぷっつりと途絶えた。



『……色さん?』
誰かの声が聞こえた気がした。

ふと、目を開ける。
そこは……
「自分の……部屋?」
いつの間にか自分の部屋で横になっていた。
「お目覚めになられましたか!?色さま!!!」
これも聞き慣れた重低音のヘヴィヴォイス。
「……緋翠?」
「はい。お体の具合はいかがでしょうか?」
緋翠はおかしなことを聞いてくる。
お体の具合って、仮病で早退したんだから別に悪いところなんか無かったけど… …
そこで、やっと忘れてはいけないことを思い出した。
「なん……で」
なんで私はこんなところで眠っているのだろう?
「私は……ひとを、ころ……」
「殺したのに」と言いかけて口を塞ぐ。
その言葉だけは、口にしてはいけないと理性が歯止めをかけてくる。
「緋翠、私はどうしてここに?」
「覚えてらっしゃらないのですか?色さま」
緋翠は少し不機嫌そうに言う。
「学校の方から色さまが早退した、と言うお電話がありました。ですが夕方になっても帰ってこられず、姉者が探しに行ったところ、公園でお休みになっていたそうです」
「公園って……近くの公園?」
「はい。姉者が色さまを見つけたときには、公園のベンチで休まれていて、色さま本人の足で屋敷まで戻られました」
……そんな記憶、全く無い。
「……うそでしょう?そんな覚え、まったく無いんだけど……」
「色さまも記憶が定かではないのは、そうおかしな事では無いと思います。姉者に連れてこられた時の色さまは、言いにくいことですが呆、としておられましたから」
……やっぱりまったく記憶が無い。
しかし緋翠の言葉に疑う余地は無い。
「ああ。もう夜の九時なの。ぜんぜん記憶にないわ」
「はい。お屋敷に戻られた色さまが言った言葉は『眠りたい』というものでした。姉者はお医者様をお呼びしようとしたのですが、色さまは『いつものことだから』と」
「……そう。確かに貧血で倒れるのはいつものことだけど……」
……今回は勝手が違う。
私は、人を殺してしまったのだから……って、
「緋翠。私、どんな格好をしていたの?私の制服、その、血で……」
ベッタベタに汚れていたから。
「色さまの制服でしたら、汚れてしまっていたので洗濯をしておりますが?」
一瞬洗濯板片手にお洗濯をしている緋翠の姿が浮かんだが、まぁそれは捨て置く。
「洗濯って……あんな血だらけの服を?」
「……たしかに泥にまみれてはおりましたが、血液らしきものはありませんでした。色さま、なにかよくない夢でも見られていたのですか?先ほどまでひどくうなされていたようですし、今もお顔の色が優れませんが……」
緋翠はじっとこちらの顔を見つめてくる。
四角い顔で人の顔を覗き込むな。
それはともかく、夢だったって言うの?
あの感触が?
あの血の匂いが?
あの、悪夢みたいにキレイだった白い女性が?
「いえ……そうよね。あんなのは悪い夢ね」
ほう、と長い息が漏れる。
そう。
あんなものは悪い夢だ。
意味もなく幼い頃に交わした先生との約束を破ってまで私があんなことをするわけがない。
でも、それは……
「……色さま?ご気分がまだ優れないのですか?」
「そうね。今晩はこのまま眠ることにするわ。それより緋翠。私、夕方に帰ってきたらしいけど、秋覇はなんて言っていた?」
「秋覇さまなら、その時間はまだお帰りになられておりませんでした。二時間ほど前にお帰りになられて、姉者の方から色さまのご容態をお伝えしておきましたが?」
「それがなにか?」と緋翠は無言で聞き返してくる。
「いえ……それならいいわ」
「それでは失礼します。何か御用がおありでしたらお呼びください」
緋翠はきっちり腰を90°曲げて礼をする。
「おやすみ。今日は本当にごめん。琥珀さんにもお礼を言っておいて」
「かしこまりました」
そして、緋翠が出て行く。
夢。
本当に夢なのか、現実だったのかまるで実感が無い。
どちらにしてももう今日はさっちんを探しに行くのは無理だ。
とにかく今日はゆっくり休んで、明日さっちんを探す体力を回復しておこう。
そう思うと、吐き気や眩暈を全部忘れてすぐに私は眠りに落ちていった。
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