第五回「河童の川流れ」 里村邦彦 |
教室の窓は東向きで、朝日が直に差し込んできて、清らかな光が身に沁みる。弓塚さんもこんな感じなんだろうか。 直視するとこれが目にしみるんで、机に突っ伏してぼうっとしている。 廊下踏む足音が耳に入った。昨夜の余韻か、感覚が澄んでいる。歩幅や歩調、音の大きさから判断するに――。 「お、なんだ、今日は早いなあ遠野」 がらり、と扉が引き開けられて、頓狂な声が耳をつく。誰かは一発判別。もう、いやになるほどはっきりと。 「おはよう……黄色い太陽がいっぱいだね」 あげたわたしの顔をみて、有彦は珍妙な顔をした。……まあ、実際ひどいもんなんだろうけど。 「アレな顔してんな。また誰ぞんとこへしけこんでたのか?」 「それならよかったんだけどねえ。わたしゃ、なんかもう疲れたよ……」 からかうような問いに、盛大なため息を交えて応答。 実際夜明けまで、神経の休まる暇がなかった。臨戦態勢に入ってしまったが最後、そうそう抜けられるもんじゃない。 鍛錬やめて、あの手の空気が久々だったのも、だいぶ効いているんだろうなあ。いまさら後悔しても遅いけど。 「冗談はこれくらいにしてと……マジだな?」 付き合いが長いだけあって、一応察してくれたらしい。力なく頷いてやると、有彦はわりかし真剣な顔になった。 「ヤバくなったら言えよ? 倒れる前に。最近は少ねえけど」 「あー、ありがと……」 もう一度机に突っ伏して、目を閉じる。ぬるまった天板の感触が気持ち良い。 …………。 四限目終了のチャイムと、学食組のスタートダッシュに叩き起こされた。 パック牛乳とジャムパンを買い、さてどうしようかとしばし迷って、結局中庭に出ることにした。 食堂すし詰め教室西日、暑気揺り返しで真夏の空気。こんな状況ならむしろ、外の日陰が一番涼しい。 まあいつもより人気はあっても、閉鎖空間でむんむんしてるよかはいくらもマシだろう……。 と、踏んでいたわけだけども。 「……あれ?」 中庭は空いていた。今まで知る限り一番。というか、人影ひとつ、猫の子一匹見当たらない。 外からの声も届かず、異様に静かで。入り込むのを拒むような雰囲気を発している。 ため息ひとつだけをついて、西側の木陰に陣取る。木漏れ日はやはり秋、風通しもまずまずでなかなかの環境だ。 ぼんやりと腰を下ろす。木にもたれて、視線は空中を彷徨わせる。傍から見ると、少し危ないかもしれない。 パンの袋を破ったところで、早々に待ち人が見つかった。 「で。あなたは誰で、何の用ですか。いかがわしいことなら、男の方からはお断りしてますが」 「それって……なんだかあんまりですよ、遠野さん」 いきなり遠野さんとくる。詰襟姿で眼鏡をかけた、見たこともない少年――か、青年か。歳がわからないのは顔立ちのせいだ。 異国風。というか、きっぱり外国人。いじんさん。断じて日本人じゃない。雰囲気的に、年上ではあるらしいけど。 「僕のこと、忘れちゃったんですか?」 男は腰を落として、やけににこやかな表情でもって、わたしの眼を覗き込んできた。 軽い眩暈。不快感。 ……昔、覚えのある感覚。 ワタシッテ、ナンデコウ、コノテアイトエンガアルノカナア……。 『終わり』を見ることを禁じられ、それでも稼動していたもう一つの感覚が、頭に絡み付こうとするもやを視認する。 手づかみでそれを引き剥がして、わたしは真っ向から、相手の眼を睨みつけた。 男は少し驚いたような顔をした。手ごたえだかなんだか知らないけども、怪しげな術の失敗がわかったのだろう。 笑みを浮かべたまま、男はすぅ、と目を細める。雰囲気が変わった。殺気に近い警戒の気配に。 「やあ、驚きました。素人さんじゃありませんね?」 「……とりあえず、名前と目的をお願いできないですか?」 目をそらさない。幸いにして感覚は、こっちの空気に揺り戻しを始めている。 誰だかは知らないけども、少なくとも全面的に仲良くしたいというわけじゃないみたいだし。 「ああ。申し遅れました。シエルといいます。目的はまあ……オフレコということで」 ……どっかで聞いたような気がする名前だ。まあいいけど。 それにしても、一体何の仕事をしてるやら。じと目でさらに睨み付けを継続。 「その態度はないでしょう。昨日助けてあげたのは、誰だと思ってるんです?」 困ったような口調。表情は変わらない。なんか、どうにも信用したくないと思う。 昨日。助けた。というと……ああ。 「あの、剣をどかどか投げ込んでくれた人」 「そうです。思い出していただけましたか?」 思い出すも何も、顔見てないんだから、得物でも出してもらえないことには、判断しようがないんだけど。 それに。 「人の家にあんなものを投げ込んでおいて、挨拶の一つもなしですか?」 「……え?」 「大変だったんですよ、あの後。窓ガラス割れてるわ、床は刺し傷だらけになってるわ」 妙なことを真っ向まくし立てられて、シエルの表情にひびが入る。今だ。 「家中で、酒癖がわかってないのはわたしだけだし、最後まで起きてたのもわたしだし、冤罪よ冤罪」 「いや……あの」 口調を砕いていってヒビをこじあける。要するに間と気配の問題で、少々台詞があれでもどうにかなるものだ。 青児さん、ご教授感謝します。いまさらだけど。 「まあお仕事が大変なのはわかりますけどね」 「まあその。流石にわかりましたか」 「この状況で判らなかったら馬鹿でしょう。何の得もなく、あんなバケモノに喧嘩売るわけもないし」 下からねめあげる。男女問わず、結構効くのだこれが。 「それで。あれ、一体何なんです?」 一瞬逡巡目を彷徨わせ、それでも場には乗せきったらしく、シエルは重い口を開いた。 「真祖の姫君、アルクェイド・ブリュンスタッド。知られている限りにおいては、史上最強の吸血鬼です」 最強。あの姿、一つのヒビも瑕もない、無謬の姿が目に浮かぶ。 なるほど。あれこそ正しく、最強の名に相応しい。……それに狩られる立場の人間が言う台詞と違うけど。 「僕の目的は、あれを止める事――それに、この街に潜伏している吸血鬼を殲滅すること」 「……あれだけじゃないんですか。吸血鬼」 口ぶりから察するに、つまりはそういうことなのだろう。それにしても……吸血鬼の殲滅。 「ははあ……お仕事、大変そうですね。頑張ってください。わたしも、出来るだけ協力しますから」 内心おくびにもださずそう言ってのけ、わたしはその場を立ち去った。シエルが追ってくる気配はない。 パンは結局、屋上で食べることになった。 それから半時間ほど後、わたしは路地裏を探索していた。学校は仮病で早退した。貧血ということになっている。 自分で血管を押さえて、強制的に意識をトバしての迫真の演技、リアリティは十分なはず。 だいぶ無理をすることになったけども、それでもわたしにはそれをする必要があった。 あの男よりも早く、見つけ出さなければならない。警告して――それからどうするも、何より見つけ出さなければ。 この街に潜む吸血鬼の殲滅。そのターゲットには当然、弓塚さんも入っているはずなのだ。 |
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