第四回
真夜中の窓

 ※この話を読む前に、電撃文庫より発刊中の「僕の血を吸わないで」1〜5を購読しておくことを強くお勧めします。

 今日は大変だったわぁ、とベンチに身を預け、呆けながら一日を振り返っていると、深夜の静寂に不似合いなエンジン音が聞こえてくる。やっぱり秋覇もいるのかしら、淡い期待を持って公園の入り口を眺めていると、甲高いブレーキ音を響かせて黒いリムジンが姿を見せる。と、すぐさまにドアが開き、制服と思しきブレザーを着た男子高校生が駆け寄ってくる。いないわけがないよね、肩 を落し、宙に呟いてみる。宙は押し黙って私の言葉に耳を傾けていた。
「姉さん! いったい何を――――」
 刹那、驚嘆の表情を見せたが、すぐさま平常通りの冷静な顔に戻り、首筋の傷痕に視線を送る。駄目よ秋覇。私たちは姉弟じゃない、なんて冗談は塵芥ほども通 用しそうになかった。
「いやね、その、何て言ったらいいかなぁ、だからね、」
「他に傷はない?」
 そう言えば、と思考を巡らせた途端に右の脇腹が暴れだす。あまりに突発的で、 あまりに強烈だったために、期せずして声を上げてしまう。
「――くぅ―――」
「どこか痛むの、姉さん?」
「ちょ…ちょっとね」
 苦痛からか、額に汗が滲む。いやに身体の中が冷えるのがはっきりと分かった。
「もう少しの辛抱だから、待ってて」
 秋覇は、私の隣で立ちながら気絶しているリクルート、もとい緋翠の頬を平手で強かに打つ。
「…秋覇…」
「今、緋翠を起こしてるから…」
「それ起こしたいなら、ミサイルでも使わないと無理よ…。ちなみにパスワード は『WISH THE STAR』じゃないからね」
 なにやら異星人でも見るような目の秋覇の姿ぼやけて、私の意識と共に白に吸い 込まれていった。


ただ、何となく目を開けてみる。窓から射す光が、流れてくる小鳥の囀りが部屋 を朝の色に染めていた。普段通り、でも――――。昨日のことが記憶の土墓から蘇る。
 あれでよかったのかな、自分でも疑問に思う。もし、よかったのなら、
「このままじゃ色ちゃん、私に殺されちゃうんだよ?」
 どうしてこんなも
「ホントは平気じゃないけどね。しょうがないよ。でも、今度は一緒だからね」
 私の胸は苦しいのだろう。
「弓塚さん……」
 こんこん、私の苦悩など知らずに今日もドアがノックされる。その向こうには、
「おはようございます、姉御」
 地球を守るために異星人と戦いそうな黒いリクルートスーツが聳えていた。
「御体のほうは、もう平気ですか?」
「そうね…包帯がきつすぎるくらいかしら」
 と、お腹の辺りをぽんぽんと叩いてみる。
「それは仕方ありません。もうしばらく我慢してください、姉御」
 まあ、肋骨が折れてるから仕方ないか。
「それにしても今日は早起きですね。何かお約束でも?」
「ううん、特にないわ」
「それはよかったであります」
「どうして?」
「いえ、秋覇様が姉御をお待ちになられていますから…」
 昨晩は公園で気を失って、気づいたらベッドの上だった。多少会話を交わしたけれども、ああなった事情に関しての説明は皆無だった。あまり小言を言われた くない気分だったけれども、仕方なく、下に行くことにした。
「姉御、ちょっと…」
「どうかしたの、緋翠?」
「寝巻きのままというのは…」
 そう言われてみると、確かに寝巻きのままだった。あれ? ここで疑問が一つ私 の頭に浮かんだ。
「…誰が着替えさせたの?」
「心配しないでください。琥珀姉さんがやりましたから。でも…」
 そこで緋翠は続きを飲み込み、部屋を出ようとする。
「ねぇ、続きは? でも、何なのよ?」
「いや…それは…」
「ひ・す・い・ちゃ〜ん」
 別に秘密を握ってるわけでも、何でもないけど。笑顔で見つめてみる。つぶらな 瞳で見つめてみる。見つめて、見つめて、穴が開くほど見つめてようやく緋翠が吐露 する。
「実は――――」


「レンコンの穴はいくつあるの〜♪ サボテンの棘はいくつあるの〜♪」
「あら、色さん。上機嫌ですね」
「琥珀さん、おはよう」
「何かいいことでもあったのですか?」
「ちょっとねぇ〜」
 意味ありげな笑顔を琥珀さんに贈る。
「朝食はどうなさいますか?」
「秋覇の小言の後でいいわ」
「はい、かしこまりました」
 琥珀さんを見送って、リビングに入る。と、いかにもな、優雅な雰囲気で秋覇が 朝食後のお茶を楽しんでいた。
「おはよう、秋覇」
「おはようございます、姉さん」
 何か言いたそうな顔で紅茶の入っているカップを置く。私が合い向かいに座ると 、
「で、昨日は何があったんですか?」
 早速、小言が始まる。
「…友達と遊んでたの」
 ばん! 
 台を叩く音と、陶器と金属が奏でる不協和音が部屋に響く。
「本気で答えてください」
 あんまり間違ってはいないと思うんだけどな、と心の中で呟いてみせる。言葉に したら何を言われるのやら。
「昨日は…その……いきなり見知らぬ女性に赤ちゃんを手渡されて…」
「琥珀! 琥珀はいないのか!」
 私の話を遮って、琥珀さんを呼ぶ秋覇。流石に堪忍袋の尾が切れたみたい。まぁ 、当然と言えば当然よね。
「はい、何でしょう?」
「学校へ行くぞ、準備を頼む」
「でも、今日は休日ですよ?」
「用事があるんだ、用事が!」
 そう言って、足を鳴らして部屋を出て行く秋覇。
「もう、色さん。あんまり秋覇様を怒らせたら駄目ですよ」
「う〜ん、きっと難しい年頃なのよ」
 私の責任になりそうだったので、とりあえずはぐらかしてみる。琥珀さんまで、 神妙な面持ちになってしまった。仕方ない、吸血鬼の話なんて誰も信じてはくれないから。
「そうだ、今日はパーティーを開きましょう」
 突飛な発言には慣れっこになったけど、これには流石にびっくりしたの。
「何で?」
「色さんと秋覇様の仲直りと親睦を深めるためですよ」
 そっか、ここで仲直りしといたほうがいいわよね。それにあのことについて訊き そびれたし。
 私は、二の句で快諾した。
「秋覇は参加するのかしら?」
「そこは私に任せてください、色さん」
 ふふふと笑って私の肩を叩く琥珀さん。何だろう、この人は主人である秋覇の秘 密でも握っているのかな?
「時間は、夕飯の後でいいですよね。あと……色さんの好きなお酒は何ですか? 」
「えっ。琥珀さん、私二十歳未満なんですけど…」
「今日は二十歳ですよ」
「でも…」
「強いほうですか? それとも弱いほうですか?」
「あの……」
「わかりました。日本酒を用意しておきますね」
 取り付く島も無い。島どころか、取り付く飛び魚も、霊媒師もいなかった。
「琥珀さん…」
「私はここで失礼しますね。色々と準備がありそうですし。それでは〜♪」
 軽く御辞儀をして、琥珀さんは行ってしまった。ずいぶんと軽い足取りだったけ ど、私の心情はまったく逆。
「どうしよう、有間のおじさんからお酒は呑まないように言われているのに…」
 どうやら、酒乱の文字で形容できないほど暴れるらしい。でも、私にはそんな記 憶は砂粒ほども無いのだ。
「どうしよう…」
呟いた私の言葉は、時を待たずして宙に消えた。


「あきは〜、入るわよ〜」
 夕食までの空き時間をどう過ごそうか、迷った挙句、秋覇と姉弟水入らずの時間 を持つことにした。
「どうぞ」
素っ気ない一言に背中を押され、私は部屋に入る。
「……あらあら」
「? どうかしたの、姉さん?」
 遠野家と言えば、この辺りでは有数の金持ち。言わずもがな秋覇はそこの長男。 ならばと、当然のように絢爛豪華な装飾を予想していたんだけれども…。
「……秋覇って、もしかしてケチなの?」
 秋覇は一度大きな溜息をついて、傍のソファーに腰掛ける。
「まったく、何を言い出すのかと思えば…」
「だって、すっごく簡素じゃない?」
 別に物が無いんじゃないの。ちゃんと種類はそろってるんだけど、ね。
「姉さん、金箔を散らしたものが高価ってわけじゃないのはわかるよね?」
「ええ。そのぐらい……」
 ほんのちょびぃぃぃぃっと嫌な予感がした。手近にある、年代物っぽい箪笥を触 ってみる。
「ちなみに、これの値段は?」
「確か、トナカイの着ぐるみが一月くらい借りれるくらいだけど」
 あーゆーのって一日、福沢諭吉一人ぐらいよね。だとすると……。
「秋覇、もしかして…」
 私は秋覇の隣に腰掛ける。
「このソファーも?」
「これはもう少し安いはずだよ」
「鍵も付いてないこれが?」
「鍵?」
「そう、秋覇は銃撃戦よりも肉弾戦を好むのね」
「姉さん、大丈夫?」
「ええ、平気よ。少し錯乱しただけ」
 私は、秋覇の机の上に、男物ではないと思われる花柄のハンカチを見つけた。
「じゃあ、これは?」
「それは、プリントがずれてるのが珍しかったから買っただけ」
「なんてこったい」
 このままでは秋覇は愛のために死んでしまうわ…って、私は何を言ってるんだろ う。
 ん? 愛? 何か引っかかるわね。愛、あい……。
「そうよ! それを言いに来たのよ」
「今度は何、姉さん」
 ほとほと疲れた様子の秋覇。見てらっしゃい、冷静な雰囲気を引っぺがして、頭 の中で狸と狼と狐と蛙にコロブチカでも踊らせてあげるから。ついでにパンダも付け加 えようかしら。
「昨日の晩、私がここに運ばれたじゃない?」
「うん」
「その時さ、誰が私の服を代えたか知ってる?」
「………」
 秋覇は、私とは逆隣にいる透明人間と見つめ合った。
「なんか、誰かがすっごく慌てて「姉さんの服は僕が脱がすから!」なんてこと 言って、緋翠に止められたらしいんだけど。秋覇は誰だか知らない?」
ふふふっ。一生懸命隠してるみたいだけど、耳の後ろが赤くなってるのに気づか ないうちはまだまだよね。
「さてっと、私は琥珀さんの手伝いでもしてこようかな〜♪」
 私はソファーから腰を上げると、軽快な足取りでドアの前まで歩いた。そのまま 、部屋の外に出てドアを閉めようとしたけど、ほんの少しだけ隙間を残しておいた。
「秋覇〜。お風呂を覗くくらいまでなら私許すけど、それ以上は駄目だからね〜 」
 言い終わると同時にドアを閉める。と、
「姉さん!!!!」
 部屋はおろか、廊下まで震えるほどの怒鳴り声が聞こえた。お腹を抱えて笑いた かったけど、少し遠慮して小さく笑うだけにして、琥珀さんの所に向かった。


「ん〜、お土産たっぷり借金たっぷりきっと明日はほーむらん…」
「はいはい、わかりました」
 琥珀さん主催の宴会は思った以上に盛り上がった。王様ゲームやら、ババ抜きや ら、用意された数々のゲームに加え、緋翠と秋覇、琥珀さん自身の適量を考えたお酒の種類と量 。あそこまで用意周到にされれば盛り上がらないほうがおかしいのかもしれない。恐るべし琥 珀さん。
「姉さんは、遠野家の長女なんです……だから、結婚しちゃ駄目なんだ」
「はいはい、そうですね」
 ただ、琥珀さんでも予想できなかったのは、私が勧め上手であったことだろう。 おかげで緋翠は停止、秋覇も私におんぶされるという醜態を見せるまでになってしまった 。
「ふっ、自意識過剰の大馬鹿が。新しい服着てても俺にはわかんねえんだよ!」
「………」
 そうよね、秋覇も色々あるのよね。頑張れ、姉さん応援したげるから。心の中で 呟きながら階段を登っていく。一段、二段、その頃はまだ余裕があったものの、上がりきる 頃には息が切れて切れて、千切りになってしまった。
「にんにく、それは大きな希望〜♪ 君が見た明日〜♪」
 …ちょっぴり秋覇を階段から投げ捨てたくなったけど、その気持ちを押しとどめ て、私は秋覇を部屋まで運ぶ。昼間よりも重い足取りで部屋に入り、慣れない手つきで、 暗闇の中蛍光灯のスイッチを探す。あーでもない、こーでもないとやっていると、偶然に スイッチを見つけ、明かりをつける。ぱっと明るくなった室内の奥にあるベッドまで歩いて 、ようやく背中の酔っ払いを投げ捨てる。ぼすんと軽く、鈍い音がして、秋覇の身体はベッ ドに沈んだ。
「……姉さん……」
「何?」
 秋覇が急に起き上がり、真剣な眼差しで私を見つめる。
「髪にぼりゅーむがあって素敵だね。うえーぶした髪が最高だよ」
「私はストレートだっちゅうの」
 秋覇の額をエルボーで一撃。秋覇はそのまま後ろに倒れこんだ。私は部屋を出よ うとしたけど、
「……ちょっと暑いわね」
 方向転換して、趣のある古い窓を大きく開け放つ。
「うん、いい風がは入るわね」
目を閉じて、夜風を感じる。お酒で火照った身体には堪らないものがあった。一 息ついて、窓から離れようとした時だった。何か白いものが飛んでくる。何かしら、私が目 を擦っている間にそれは私の目の前まで来ていた。避けられない。私が覚悟を決めたとき、
「あ、危ないわよ〜」
 随分と間の抜けた、しかもタイミング的に遅すぎる警告が耳に入った。もっと早 く言えちゅ〜ねん! と私の突っ込みが心に響くと同時に、衝撃が私を吹き飛ばす。反応できるわけも なく、私は壁に激突する。
「痛たたっ……」
 頭は打たなかったものの、背中を壁に痛打した。打撲とまでは行かないが、なか なか痛いものがある。
「……いったい何なの?」
 丁度、私の前には飛び込んできたものが座り込んで困惑した表情をしていた。
「う〜ん……大丈夫?」
 そこで私は、初めて彼女を見る。飛び込んできたのは白雪のような肌と、そこに 麗しく流れる金髪と煌々とした緋色の目。ものすごく――――綺麗。
「お〜い、起きてる〜?」
「……あ、はい。起きてます」
「よかった、死んじゃったかと思った」
 それにしても、どうしてこの人は空を飛んできたのだろうか? どこぞの国の宇 宙探査局の作られた人造人間だからか、それとも、
「吸血鬼……」
 その単語を口にした途端、部屋の空気が一変する。
「……あなた何者?」
 その原因は私を睨みつける。たぶん牽制しているだけ、それは私にも分かる。け れどもそれで充分、私に死を覚悟させるには。ちょっとした冗談でこうなるとは。口は災いの元とは よく言ったものだ。
「教会の回し者ではないし、『私側』の者でもない……本当にあなたは何者?」
「………」
 何度も、何度も繰り返す。頭の中で繰り返す。どうやったら目の前の女を蹂躙で きるか。答えは常に不可。どうしようもない。あれは何もかも違いすぎる。勝とうとすることが無意 味。比べることすら無意味。できるのは命乞い。しかし、おそらくはそれすらも無意味。どう死を迎えるか、 それのみに選択権を与えられる。戦い千切られるか、このまま千切られるか。行き着く先は、等しく 死。
「答えなさい」
 死が迫る。一兆分の一も無い可能性に賭けるしかない。おとなしく殺されること は七夜の血が許さない。
「………」
「ふぅん、私と戦う気? 少しくらいなら余裕があると思うから、いいわよ。や ってあげるわ」
 あれは立ち上がり、両手を大きく広げ、私に近づいてくる。
「どうしたの? ほら、私は無防備よ」
 眼鏡を外して、線を見る。
「……ふふっ」
「?」
 思わず笑みが零れる。まさか、線が見えないとは。全てに内包されるはずの存在 限界時間。あれにはそれすらも存在しないというのか。ありえない、飛び抜けすぎている。改めて見る絶望は、 全くもって美麗であった。
「あなたが来ないなら、こちらから……」
 と、絶望はたんと軽く後ろに飛ぶ。先ほどまであれがいた場所に、剣と言うか、 釘と言おうか、漆黒のそれが数本突き刺さる。
「あら、意外と早いのね。仕方ないわ」
 あれは瞬く間に私の横に移り、
「続きは次に会ったときにね」
 そのまま廊下に逃げていく。硝子の欠けた音がして、後を追うように
「ばいば〜い」
 と去り際の挨拶が聞こえてくる。
「はぁ〜」
 私は大きく息を吐いた。なんだか大変な一日だったな。私はさっさと部屋に帰っ て、まだ小学生が寝るような時間だったが、寝ることにした、明日は、玄関を出たら赤ん坊を渡されるような 、でたらめなことが無いことを祈りながら。
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