第三回
羽村うさぎ
「−−−おはようございます」

 ……聞きなれない声がする。
 見ていた夢が急速に失われていった後に残るのは、目覚めようとするけだるい 体の感覚だけだ。

「朝です。お目覚めの時間です……
 姉御!!」

 −−−目が覚めた…様な気がした……  
 夢の続きであるのか、既に閉じているはずの私の瞼には、リクルートスーツのアップが焼き付いて離れない。
 意識が遠のく。肉体が、呼吸を忘れる。
 ああ、人というものは。
 こんなにも脆いものだったのだろうか。
 …否、あれが、凶悪過ぎたのだ。
 最後に見たものがリクルートスーツの顔。
 なんという、不幸…
「あ、姉御!! どうしたんですか姉御ぉぉぉぉ!! いやいや、私が慌てては何にもならぬ。ここは落ち着いて、人工呼吸が…」
「がぁぁぁぁっ!」
 最後までがんばっていた自分の耳に感謝したい。
 電気ショックを受けた(その比ではないが…)かの様に、私の心臓は活動を再 開した。
「おお、姉御!! 良くぞご無事で!!」
 何で私は朝から心停止しなくちゃならないんだろう…
 秋覇め、よくもこんなのを…
「む? なにかご用ですかい?」
 こっちの視線に気がついたのか、リクルートはまっすぐに見つめ返してくる。
「いえ…なんでも…。目が覚めて真っ先にリ…じゃない、翡翠さんの顔を見て、ここが遠野の屋敷なんだなって嫌になるぐらい実感しただけですから…」
 リクルートの視線から逃れるようにベッドから体を出して、自分がパジャマ姿だということに気がついた。
「あの…翡翠さん…」
「あ、すみませんでした姉御!! 着替えはそこに置いてありやすんで、済み次第居間においでくだせぇ」
 それだけ言って、慌てて出て行くリクルート。
 う〜ん、なんだかな〜…
 悪い人じゃないんだけど…なぁ…
「あ、急がなくっちゃ!」
 時計を見ると、そんなに余裕は無い。
 袖を通してみると、制服は新品のように気持ちが良かった… 


 朝の通学路。
 遠野の屋敷を出た私はある地点で、ふと、足を止めた。
「…弓塚さんは…ま、都合よくはいない、か…」 
 昨日、ここで『家がこっちだから』と別れたクラスメイトの笑顔を思い出す。
 え? そんなの知らない?
 昨日出てきてないって?
 …いいの!! 確かに昨日、私はさっちんと一緒に帰って、色々とお話したの!!!
 まぁとにかく。
 屋敷にはリクルートがいるし、秋覇もうるさい。
 いきおい、羽を伸ばすのは学校ということになる。 
 昨日の彼女の態度は、私に十分期待を持たせてくるたわけで。
 自然と、私の足は、その速度を速めていた。


「−−−?」
 教室に入るなり、空気がどこかあわただしい事に気がついた。
 普段とは違う、何かゴシップめいた騒々しさ。
「…有彦、なにかあったの?」
 私を待っていたのだろう、私の机には有彦が難しい顔をして腰掛けていた。
「……家出したんだってさ。うちのクラスの誰かが」
「………ふぅん」
 家出、か。
 今、巷では連続殺人事件なんて言うのがあって、マスコミを賑わせている。
 本来なら気にも留めないところだが、それがこの街で起こっているのなら話は 別だ。
 そういえば夜遊びが出来ないって、有彦がぼやいていたっけ。
 そんな最中の、家出。
 よほどの物好きか、あるいは…
「−−−おっ、黒桐が来たぜ…。ホームルームだな…」
 有彦は自分の席に戻っていき……
 しばらくして、全員が席についた。 
 空いている席はただ一つ。
 弓塚さつきの席だった。

『それじゃあ私は家がこっちだから。ばいばい、また明日、学校でね』

 昨日の別れ際、彼女は確かにそう言った。
 その後、家で何があったかなんてわからないけど。
 あの笑顔は、とても家出の直前には見えなかった。
 …家出なんかじゃない。絶対に。だとしたら、考えられるのは…
 嫌な想像が、私を締め付ける。
 私は昨日、彼女になんて言った?
 『私が助けてあげる』ですって? 
 ああ、なんて私は。
 愚かな約束を、してしまったのだろう…

 …ドクン。
 別れ際のイメージが赤だからだろうか?
 ふと。
 真っ赤な血に染まった、弓塚さつきの姿が瞼に浮かんだ。 
 …ドクン。
 ……まずい。
 最近は落ち着いてきたというのに。
 突発的な眩暈。これは、貧血の前触れだ…
 …ドクン。
 赤。鮮血の、いろ。
 弓塚のイメージ。
 瞳に、光が入らなくなって。
 世界が、真っ赤に染まっていく…

 何とか体を支えようとするが、無駄に終わった。
 力が抜けていく。体が重い。
 私はきっと、このまま倒れこむのだろうな。

 
『ぴんちのときは助けてね、遠野さん』



「−−ごめん、迷惑かけちゃったね、有彦」
「ったく、ホームルームにぶっ倒れて、こんな時間まで寝てるなんて、お前何しに学校来てんだよ… もう七時じゃねえか、ったく」
 あの後、貧血で倒れた私は保健室で寝かされていたらしい。
 きっちり学校の門限まで寝こんで、有彦に起こされたというわけだ。
 まだ微かにふらつくが、とにかく帰らねば。
「ここから一人で平気か? 何なら送ってくけど…」
「…うん、平気。ごめんね、有彦」
「気にすんな。借りは出世返しで倍返しだ」
 有彦の変な日本語を受けて、帰り道につく。
 通り魔殺人の所為だろうか。人影はまばらだった。
 慣れない道をよたよたと歩いて、『あの』屋敷へ。
 …やだなぁ、リクルートが門の所で待ち構えていたらどうしよう…
 そんなことを考えながら、昨日、弓塚と別れた交差点に差し掛かったとき。
 私の瞳に、一人の女性の姿が飛びこんできた。
 外国人だろうか、綺麗な金髪をしている。後姿しか見えないが、なぜだか美人 であるのだと理解できる。
 いや、そうなことはどうでもいい。
 問題は、私が彼女を、どうしようもなく殺してしまいたいと感じていることだ 。
 私は必死にその感情を押し殺そうとするが、この殺人衝動は消えてくれそうも ない。
「追わ…なく、ちゃ……」
 だんだんと小さくなっていく彼女の後姿を見ながら、そんな呟きがもれた。
 まずい。
 もう、理性の歯止めなど、利きそうにも無かった。
 けれど、その瞬間。
 えげれすあたりから来た吸血鬼がおよそ人間では扱えないほどの巨大な拳銃を構えて大笑いしている幻覚が見えてしまって。
 私は同族狩りの吸血鬼VSヴァチカンの聖堂騎士なんてのに巻きこまれるのはゴメン蒙りたかったから。
 君子危うきに近寄らず。雉も鳴かずば撃たれまい。
 昨日の呪文を、今日も繰り返す。
 よ〜しがんばって回れ右〜
 ギリギリギリ……
 ストーカー殺人に走ろうとする本能を何とかなだめすかせて、進路を戻す。
 
 そのとき、だった。

「え? 弓塚、さん……?」
 視界の隅に、確かに彼女の姿が映る。
 熱病に冒されていたような状態だった私は、一気に覚醒した。
「なにやってるのよ、いったい−−」
 彼女はふらふらとした足取りで、繁華街の方へ歩いていく。
「待って、弓塚さん!!」 
 その声に反応したのか、彼女はこちらを振り返った。
 その普段と変わらない、穏やかな笑顔に。
 なぜだろう。ぞくり、という悪寒が走った。
 まるで、さっきの外国人のときのように…
「ま、待ってよ、弓塚さん…」
 そうこうしている間に、彼女はいつのまにか歩き出していた。
 彼女と話をするために、私は走り出していた。
 走りながら幾度と無く呼び続けるが、もう彼女は振り向きもしない。
 あいかわらず、ふらふらと歩きつづけている。
 どうして… 私は歩いている彼女に追いつけないのだろう?
 なにか、おかしい。
 分かってはいるのに、何がおかしいのか解らない。
 …どれだけ、この不思議な追いかけっこが続いただろうか?
 気がつけば、人気の無い裏路地。 
 私は彼女の姿を見失っていた…


 時計を見ると、もう日が変わろうとしていた。ずいぶん長い追いかけっこだっ たようである。
 今は連続殺人が横行している真っ最中だ。
 ついさっきまで走っていた繁華街のメインストリートならいざ知らず、こんな 路地裏には人気がまったく無い。
 あたりを見回してみても、だれも、いない。
 耳を澄ましても、何も、聞こえない。
 …異常だ。
 ここのところこんな時間に外出した記憶は無いが、私が思っていたよりも連続 通り魔事件の恐怖は大きいものであるらしい。
 自然と、手がポケットの中に伸びた。
 指先にはひんやりとした金属の感触。今朝、琥珀さんから父の遺品らしいと渡 されたものだ。 
 飛び出し式の、古ぼけたナイフ。
 リクルートがいうには、中々の一品らしいが…
 私にとっては、切れればそれで十分。いや、むしろ尖っていればそれで良いの かもしれない。
 …刃などついていなくても、私なら、切れる。
 遠野の家を出て以来、訓練など殆どしてこなかったが、ただの殺人鬼に遅れを とるようなことは無いだろう。
 それが、ただの殺人鬼なら。

 ゴトリ、と。
 さらに入り組んだ路地の奥から、音がやってきた。
 何かが倒れるような音。とりわけ特色のない、よく耳にする音。
 この異常達の中で、それ故にそれは明らかに異常であった。
「招待状、かな…」
 なんとなく、そう思った。
 あの先には、弓塚さつきがいるのであろう、と…
 

 音のする方、ビルの隙間を通っていった先に待っていたのは、
 真紅の、世界だった。
 
 赤、赤、赤−−−
 
 あらゆる物が、鮮血で染められているようで…
 昨日の少し寂しげに笑った弓塚さんの顔を思い浮かべてしまって、私は大きく 頭を振った。
 この、あまりにも現実離れした惨状を理解しようとすることで、麻痺しかけて いる理性を何とか働かせる。
 …死体の数は、四体、だろう。
 手足がバラバラになっていたり、内臓がぐちゃぐちゃに散乱していたり、そう かと思えばミイラのようになっているものも有って、あまり正確ではないが。

 がさり、と、音がした。
 死体だと思っていた物の一つが動き出したのだ。
 ゆったりと、這う様に。
 …まだ息があるのなら、助けないと…
「あの、大丈夫、です…か……」
 我ながら間の抜けた質問に、"それ"はぎょろり、とこちらを向いた。
 ミイラのような体。光のない瞳。
 …違う、これは
「−−−ギ」
 ひとでは、ない!!
 反射的に後ろに飛び退きつつ、ポケットからナイフを取り出す。 
 さっきまで私がいた所には、既にシャレコウベが迫ってきていた。
 −−−速い。だけど…あまりにも直線的!!
 バックステップから前に出て、すり抜けざまにシャレコウベの右腋を切り裂い て腱を断つ。
 そのまま前に飛び退こうとして…
「くぅっっっ!」
 痛みで一瞬前が見えなくなる。それでも何とか着地して、奴の方に向き直った 。
 奴の指は鋭い刃物のようになっており、それで私の背中を切り裂いたのだろう 。
「まずいわね…」
 血が、背中を濡らしていく。かなり深い。
 背骨に傷を付けられてたら、アウト、かな…
 ゲームなどでよくゾンビとかが出てくるが、こいつはそんなもんじゃない。
 とにかく、素早い。おまけに痛覚がないときている。接近戦では、あまりにも 不利…
 せめてもの救いは、どうやら今の攻撃で右腕は動かなくなったらしい、という ことか。
 先ほどとは違い、ひゅうひゅうと音を鳴らしながら、ゆっくり近づいてくる。
 …ああ、喉に穴が空いて上手く喋れないんだ。
 だんだんと距離は縮まり、もう既に奴の間合いに入った。
 自分の体を省みない奴には、ナイフ程度の火力では、不利。
 ましてや、ちょっとやそっとでは死んでくれなそうなお方だ。間違いなく反撃 を受ける。
 なら答えは一つ…
「全てカウンターで切り刻むのみ!!」
 私の台詞に呼応するかのように奴が飛んだ。
 突っ込んでくる奴に対して、上半身を右にスウェーさせて大振りを躱す。その まま右手のナイフで奴の手首を切り裂いた。
 シャレコウベは構うものかとばかりに今度は蹴り上げてくる。避けられるタイ ミングではない。だが、ここまでは予想通り。左手を突き出してブロックする。
 半ば飛び退きつつであったからか。私は後ろの壁に叩きつけられた。
 忘れかけた背中の痛みを思い出させられて、顔が歪むのがわかる。
 左手は…というと、肩から先の感覚がなくなっていた。
 どうなっているのかかなり気になるが、シャレコウベがそれを許してくれない 。追い討ちをかけようとこちらに突っ込んでくる。
 こいつに思考能力がなさそうなのは救いだった。歩幅で、次の蹴り足が簡単に 読めたから。
 奴の右足を左へのステップで躱す。同時に、右足の腱も断ちきった。
 それでも奴は、体を崩しながらも左手で私を狙ってきた。だが、そんな無理の ある姿勢からの攻撃を受けるほど、私も甘くはない。身を捻って後ろに回りこみ 、脊髄にとどめの一撃を叩きこむ。
「ナイフ一本でロケットランチャー入手をなめてもらっては困るっ!」
 −−−首だけを捻って、奴がこちらを向いた。
 相変わらず、ひゅうひゅうと音がする。
 ぽっかりと空いた穴の所為で、今にもその首はねじ切れそうだった。
 …だからだろうか。
 シャレコウベの口は、"タスケテ"と言っている様に見えて…… 
 灰のようになってパラパラと崩れ落ちていく、その姿が、ひどく哀しかった。
 
「すご〜い…まさかやっつけちゃうだなんて、私思わなかったよ」
 背後からの声に振りかえる。ご丁寧にパチパチパチと拍手つきだ。
「他の人達も、遠野さんが殺しちゃったの?」
 屈託なく笑う、彼女…弓塚さつきを前にして、私の本能が告げる。
 彼女は人ではない、お前の敵なのだ、と…
「それにしても、ずいぶん凄い殺し方だね。どうやったのかな?」
「あなたは…」
「…え?」
 確かにあの仕草も、あの笑い方も。
 昨日の彼女とそっくりだったけれど。
「あなたは、弓塚さん…なの……?」
 その不自然に後ろに回された両腕と、狂気を孕んだ瞳とが。
「フフフ…なに言ってるの、遠野さん」
 彼女はもう別のモノになってしまったと、私に語り掛けてくる。
「……ごめん」
「変な遠野さん。たくさん人を殺しちゃったから、混乱してるのかな?」
 クスクスと。弓塚は笑っている。
「いいえ、私は人なんか殺していない」
「…じゃあ、その死体の山はどうしたの?」
「あなたがその手を使って作り上げたんでしょう? …弓塚さつき」
「あはは、ばれちゃってた? やっぱり遠野さんだね。いきなりあんなことになっ ても混乱とかしないんだ。そういうところ、私、憧れちゃうな。色ちゃん」
 彼女は私を色ちゃん、と呼ぶと、両腕を見せびらかすように前に出した。
 …その、真っ赤になってしまった両腕を。
 ねっとりと纏わり付いた鮮血は乾いておらず、ぴちゃぴちゃと雫を作っている 。
「うん。そう。私があの人達を殺したの」
 血に濡れたその右手を口元に運んで、ぺロリ、と。
 至福の表情、恍惚の笑み、そして、狂気と絶望の瞳で。
「私、吸血鬼になっちゃったから」
 
「……吸血鬼?」
「そうだよ。良くマンガとか映画とかに出て来たりする、あれ。人間の生き血を 吸って命を永らえ、日光に弱かったりする化物だよ」
 化物、か…
「あ、でもねでもね。十字架とかは全然平気みたい。お話しが全部ほんとって訳じゃないんだね。これって大発見!!」
「…そうなんだ……じゃ、ニンニクとかマツタケとかピーマンとかは?」
「う〜ん、別にどうってことはないけど、ニンニクの匂いとかプンプンさせてる 人は襲いたくないかな…。でも、マツタケとピーマンって、なんで? 確かに私はピー マン嫌いだけど…マツタケはむしろ好きだよ?」
「いや、なんでもない…気にしないで」
 もしも…もしも、吸血鬼ハンターみたいな職業の人がいるとしたら、ぜひとも ピーマンの被り物をして欲しいところである。
 …いやいや、それは置いておいて……
「どうしてこんなことをしたの…」
「どうしてって…色ちゃんも動物とかを殺して食べるでしょ? それと一緒だよ。私が生きていくためには、人を殺さなきゃいけないもの」
 彼女の瞳が私を見据える。私に解答をせがむように。
「人殺しは、いけない事だと、思う…」
「…そっか。そうだよね。でも私はこうしないと−−−」
 そう言いかけて、急に弓塚さんは喉元を押さえ、苦しみだした。
 今にも血を吐きそうな、労咳を病んでいる人みたいに。
 …いや、実際に少し吐血しているようだ。血にまみれている弓塚さんの手に、 新たな赤が加わっている。
「だ、大丈夫!?」
「あはは…ちょっとツライ、かな……。やっぱり手当たり次第っていうのは、良 くなかったみたい。それに、酔っ払ったオジサンばっかリだったからなぁ…」
 冗談めかしてそんなことを言っていても、彼女の顔は既に蒼白だ。人、いや人 類として、突っ込むべき問題があった様な気もするが、そんなものにかまっている余裕は見 受けられない。
 足が、ひとりでに前へと動いた。
「ダメ! 来ないで!!」
「で、でも…その様子じゃあ、ほっとけないよ!」
「ふふ…優しいんだね。色ちゃんは。でもダメだよ。今はダメ」
 そう言うと、彼女はゆっくりと立ちあがった。
「それに、何とか落ち着いてきたし…大丈夫だよ」
 その様子は、何とか一人で立てる、といった程度のもので、とても平気そうに は見えなかった。
「弓塚さん…あなた……」
「待ってて、ね…もう暫くしたら、立派な−−−」
 そう言いかけて。
 貧血を起こしたかのように、彼女はゆっくりと前に倒れこむ−−−
「あぶないっ!!」
 とっさに体が跳ねる。
 先程彼女に止められていたことも忘れて。
 近づくのを止められた格好になっていた私は、何とか彼女の体が地面に落ちる 前に抱きとめることに成功した。
 腕の中の彼女の体は冷え切っていた。
 それは彼女の体調の所為なのか、それとも吸血鬼というのは皆こんなものなの か、私には解らなかったけど。
 こんな冷えた体の彼女を放っておくなんて、出来そうにはなかった。
「ああもう、全然平気じゃないじゃない!! こんな状態で、一人になんて出来な いよ…」
 病院…に連れて行っても、しょうがないよなぁ…
 残念ながら、私の知る限り、吸血鬼の体の異常を治してくれそうな所なんて存 在しない。
 …鬼○郎にでもメール打っとく?
 いや、それなら王立国教騎士団の方が望みがありそうだ。
 ………だめだ、だめ過ぎる…
「しき、ちゃん? もう…来ちゃダメって言ったのに……」
 弓塚さんはなんだかぼうっとしている。なんとなく、瞳が虚ろだ。
 それほどまでに辛いのだろう。彼女の冷えた体を温めるように、腕に力をこめ る。
「…私ね。色ちゃんが好きだった。もうずっと、何年も前から。
 ホントはね、あの冬、体育倉庫から助けてもらうよりも前からだったんだ。
 …私は臆病だったから、人気者の色ちゃんを遠くから見ていることしか出来な かったけど、
同じ教室に居られるだけで、満足だった。
 ふふ。
 馬鹿だよね。わたし……」
「弓塚さん…」
「でも、もう違う。臆病なままじゃ、怖がっているだけじゃ、何にもならないっ て解ったから。だから−」
 彼女はそこで言葉を切ると、私の肩に手を乗せた。
 次の瞬間。
 ずぶり、と音を立てて、彼女の牙が私の首に突き刺さった。
「あ−−−」
 多分何か叫んだつもりだったのだろうが、私の声は殆ど漏れることはなかった 。
 …血が吸われていくのがわかる。体の中の暖かいものが失われていく感覚。
 そして、その空白を埋めるようにして私の中に何かが入ってきた。
 私の体内に入りこみ、私を内側から犯す、弓塚さんの、血。
 意識が、破壊されていく−−−
 …だめっ、このままじゃ!!
 最後に残った力を振り絞って彼女を必死に突き飛ばした。
 どすん、と音を立てて。
 意外なほどあっさり、彼女は私から離れ、尻餅をついた。
「だめよ、こういうのはもっと手順を踏んでからだってば……」
 体中が倦怠感に包まれて動くことが出来ない。冗談を言うのが、今の私の精一 杯のようだ。
 彼女の方はといえば、へたり込んだままうっとりとした瞳を浮かべてこちらを 見ている。  
 …なんといってもヲトメの血。その味わいはその辺の酔っ払いとは雲泥の差な のだろう。
 多分。
「あ、あれ?」
 まずい。彼女の貌が霞む…
 彼女が私の中に送りこんだものは、激しい痛みと引き換えに、私の自我を奪っていくかのようだ。 
 痛みの方は耐えられる。だけど、意識だけはしっかりしないと…
「あ−−く、くぅ…」
 自我を保つため、必死で声をかみ殺す。
「だいじょうぶ。痛いのは最初だけだから♪」
 …なんか会話だけ聞いていると、妖しくってしょうがないなぁ。
 よし、そんなこと考えている余裕があるうちは大丈夫!
「吸血鬼になった人間は元に戻ることは出来ない。
 吸血鬼と人間が一緒に生活していくなんてできっこない。
 だから……一緒に吸血鬼になろ。ね♪」
「よ、世の中には、吸血鬼を人間に戻す薬を作れる人だって、居るかもしれない じゃない…」
「ほ、ホントに?」
「WHOにでも相談して見るとか…」
「色ちゃん…もしかして、私のこと馬鹿にしてる?」
 半分ぐらい本気なんだけどな…
「確かに奇跡みたいなことかもしれないけど…ほら、言うじゃない?
 奇跡は起きます!起こして見せますっ!! って…」
 ハァ、とため息をつく彼女。
「あのね、色ちゃん。起きないから奇跡って言うんだよ?」
 しまった…そっちの方がメジャー……
「…まいっか。さて、そろそろいいかな?
 さ、立って。色ちゃん」
 そういえば痛みも引いてきたし、体も動くようになってきている。
 私は彼女の命令に従って立ちあがった。
「−−−よかった…これで、ずっと一緒だね。色ちゃん…」
「………」
「さあ」
 私の前に手を差し伸べてくる。ダンスにでも誘うかのように。
 足を動かす。
 そして、差し出された彼女の冷たく濡れた右手を、包みこむように優しく握っ た。
「ふふふ……」
 先程受けた感覚のように、舞うように彼女を引き寄せ−−−
 後ろからナイフを首筋に押し当てた。
「−−−え?」
「ごめん……やっぱり吸血鬼にはなりたくないや」
「うそ…どうして私の血が効かないの!?」
「………」
 …多分、遠野の血のおかげなんだろう。
「弓塚さん…もうやめよう。きっと、元に戻れる方法があるから…
 その方法を一緒に探そうよ…」
「…無理だって言ってるのに。それに、こんな体勢を取っておいてどうして、そのナイフを使わないの?
 吸血鬼になりたくないなら、やることは決まってるって、解ってるんでしょう?
 ……色ちゃん、それはね。
 優しいを通り越して、甘いって言うんだよ」
 彼女がその言葉を言い終わるか終わらないかの内に、鈍い音を立てて、世界が 反転した。
 なにが…どうなった、の?
 くらくらする頭を必死に立てなおして前を見る。
 その先には、遠く弓塚さんの姿。
「あぶないよ。色ちゃん」
 動かない体を動かして、何とか体を捻る。
 刹那遅れて、すぐ横からドカッといやな音がした。
 ぱらぱらとしたコンクリートの破片が体に当たるのが分かる。
 私が体勢を立て直すよりも早く、次の攻撃が襲ってきた。
「あ、ぐ……」
 どうも派手に蹴飛ばされたらしい。またも壁に激突したようだ。
 ちょっと、ピンチかも…
 自分の体を確認する。右の肋骨が半分以上やられていた。衝撃の受け方から考 えて、肺に刺さってないのは奇跡だったかもしれない。
「…ほらみろ。起こったじゃないか、奇跡」
 一人ぼやきながら体を起こす。動く度に激痛が走るが、そんなことにかまって はいられない。
 15mほど離れて、彼女の姿が見える。ずいぶんと派手に吹っ飛ばされたものだ 。
 ついでに眼鏡もどこかに落したらしい。彼女の体に黒い点と線がはっきりと視 えた。
 余裕の表れなのだろう。ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。実際、私は 最早歩くことさえままならない。力の差は歴然としていた。
「目印のソフトクリ〜ム〜 垂れて靴汚す〜♪
 テレクラで知り合った彼女〜 とても照れ屋さん〜♪」
 …なんか、もうちょと他になんかないの? って感じの歌まで歌ってるし。…グ リーングリーンの替え歌なの?
 互いの間合いの約1歩外。彼女はそこで立ち止まると私の眼鏡を投げて遣した 。
「はい、眼鏡。大事なものなんでしょ? それって」
「ええ…ありがとう。弓塚さん」
「さつきでいいよ。私も色ちゃんって呼んでるし」
 私が眼鏡を胸ポケットにしまう間、彼女は私の顔をまじまじと見つめている様 だった。
「普段の色ちゃんってわりとぽややんな感じがするけど、眼鏡外すと雰囲気変わ るんだね…
 綺麗だけど、なにか…」
「なに?」
 怖い、ね…と。彼女の唇が動く。ほんの少しだけ、気圧される様に。
 やるなら…今しかない。
 そう思った瞬間、体が前に動いた。
 この華奢な体に残された生命力全てを使い切るように、僅かな間を疾る。
「!!」
 窮鼠猫を噛む、といったところだろうか。流石にこの局面にて反撃してくると は思っていなかったようだ。
 動揺しつつも迎撃体勢を取るところは流石なのかもしれない。だが、冷静に考 えれば、そんなものは必要ないのだ。ちょっと後ろに下がるだけで、私は力尽きてしまう のだから。
 いくら吸血鬼と言っても。人を遥かに凌ぐ筋力と運動神経を持っていたとして も。
 人の形で人と闘う時、そこに格闘術というのは意味を成す。そう言った意味で は、弓塚さつきは悲しいまでに素人だった。
 突進してくる相手に対して、人が反射的に行なえる攻撃というのは、実はかなり限られてくる。
 予想とさして違わないポイントに放たれた彼女の拳をダッキングで避し、そのまま彼女の胸、死の線が視える位置にナイフを突き立てる−−−
 はずだったのだけど。
 彼女を傷つけたくないという思いが、私のナイフを鈍らせた。
 相手は人間辞めている身である。
 一瞬の躊躇の隙に、私の体は三度宙を舞うこととなった。

「−−−ハァ、ハァ…」
 どうやら僅かな間気を失っていたようだ。最早先程何をされたかも把握できて いない。
 目に映るのは四角くて暗い空。仰向けに倒れているらしかった。
「……どうして?」
 声のした方向に首だけを動かす。そこには弓塚さんが…今にも泣きそうな顔を して立っていた。
「…どうしたの…そんな、哀しそうな顔して……」
「どうしてっ!! 良くは解らないけど、さっき色ちゃんは私を殺せたんでしょう ?
 それなのになんで、途中で止めちゃったりしたの?
 このままじゃ色ちゃん、私に殺されちゃうんだよ?」
「あはは…、なんか良く分からない会話だね…」
 そう言って、私は死を具現化する瞳を閉じる。
 そこに浮かんだのは、昨日、私を守ってねって言った彼女の姿だった。
「そうだね。うん、私は弓塚さんを守るって決めたのに、自分でその人を殺すの はどうかなって思ったからかな?」
「私は色ちゃんを殺そうとしたんだよ! 吸血鬼なんて化物にしようとしてるん だよ!!
 それなのに、それなのに……
 …優しすぎるよ、色ちゃんは」
「ホント、馬鹿みたいだよね。自分でもそう思う」
 ポケットから眼鏡を取り出す。そして、それを掛けてから、私は目を開いた。
 何時の間にか、弓塚さんは私の横に座っていた。その瞳からは既に攻撃色が失 われている。
「あ……ちょっと起きあがれないや。ちょっと手伝ってもらえる?」
「あ、うん…」
「上半身が起こせればいいよ…うん、このまま支えていてくれると嬉しいな」
「………」
 今は彼女に横から抱きかかえられている状態。
 一転して私はお姫様になってしまった。
 さっきまで殺愛を演じて来たのだから、彼女も当惑しているに違いない。
「………いいよ」
「え?」
 だけど、もう決めた。
「私の血、吸っていいよ…」
 太陽の下を歩けなくても。WHOの人達に追っかけられても。
 二人でならやっていけると思う。
「で、でも……」
「もう、今更遠慮なんかしないでよ…なんのために私が痛い思いしたのか分から ないじゃない」
 …やったぁ、いっただっきま〜す♪ とか言われても、がっかりだけど。
「ホントに良いの?」
「正直、あんまり嬉しくはないけど。でも、今私ができることの中では、多分こ れが一番良い方法だと思うから」
「……色……ちゃん」
「あ−−−−」
 近づいて来た彼女の唇は、けれど私の首筋ではなく、私の唇に舞い降りた。
「ん、ん−−−」
 優しく触れ合うだけのフレンチキス。今の二人にぴったりの、淡い温もり。
「あは……今のが初めてなんだ…」
 そう言って薄らと頬を染める彼女は、とても吸血鬼には見えなかった。
 私もそうなの…と言いたいところだけど、魔性のレズとして一部の間で有名ら しいので嘘八百は止めておく。
「ね…する前に……私のこと、名前で呼んでみて…」
「あ、うん……えっと、さっちん」
 これは名前じゃなくて、あだ名だけど。
「もう色ちゃん! なによそれぇ…」
「ん〜、なんとなく弓塚さんはさつきって呼ぶよりもさっちんのほうが良い様な 気がして…」
 私達二人のカンケイは、色、さつきよりも、色ちゃんとさっちんの方が似合っ ていると思うのだ。
「また弓塚さんて言ってるしぃ…」
「あ! …ふふ、ゴメンね。さっちん♪」
 少しの間見つめ合って、二人して微笑んだ。
 その笑顔は昨日の彼女と何一つ変わってはいないと思う。
 その笑顔は暫く経って、またさっきまでの真剣な表情に戻った。
「……そろそろ、いくね」
「うん−−−−」
 今度こそ、彼女の牙が私の首筋を捕らえる。
 私の血が、いや、命が吸われていく。
 体がどんどんと熱を失っていく。
 −−−これで。
 もうじき遠野色の人としての活動は終わりを迎えるのだろう。
「−−−−あ」
 薄れいく意識の中で、一人の人物の姿が浮かび上がった。


『姉御ぉぉぉぉっ!!』


 ………ゴメンイヤ過ぎ。この期に及んでなぜリクルートが……
 せめて琥珀さんか、秋覇にして欲しかったよ…
「大丈夫ですかい姉御ぉぉぉぉぉっ!!!」
 はて?
 まさかとは思いつつ、声の主を探す。
 どうやら幻聴ではないらしく、弓塚さん改めさっちんもきょろきょろとあたり を見回していた。
「姉御から離れんかぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!!」 
 上ぇぇぇっ!?
 どうやったのかは解らないが、リクルートが遥か上空からさっちんに飛び蹴り をいれたらしい。
 ラ○ダーキーック…
 いや、それは置いといて。
 私もあんなだったのかな〜ってぐらい、さっちんは見事に吹っ飛ばされてしま っている。
「あいたたたた……おのれ〜、なんなのよ、あなた!!」
 良かった。爆発はしなかったらしい。
「翡翠という。姉…いや、色様のボディーガードだ」
 ………使用人じゃなかったっけ?
 そういえば、どうやってここに来たんだろう?
 まさか、帰りが遅いから探しに来たとか?
「え? …ホントなの、色ちゃん?」
「…そうみたい」
「分かったのならさっさと色様から離れるが良い。このアバズレ吸血鬼」
「な、なぁんですってぇ〜!! 第一その台詞はもっと適任がいるじゃない!」
 …出て来れるのかなぁ。いや、知らないんですけどね。
「そもそも、私と色ちゃんはお互い合意の上なのよ!! あなたなんかに邪魔され るいわれはないわ!!」
 …半ば無理矢理だったけどね。
 ああ、そうか。
 もしかして今の私はエロゲーの女性キャラ状態なのかなぁ?
 無理矢理ヤラれておいて、最終的には相手とラブラブな。
「色様の安全を守るのも私の役目。勝手なことはさせぬ…」
「…そう。私と色ちゃんの邪魔をするつもりなのね。面白いわ」
 私がど〜でもいいことを考えている間にも、二人の緊張は高まっているようだ った。
 さっちんの瞳が昏い赤色に染まる。さっちんの怒りは大ちの怒りじゃ…。
「恋の障害は、実力で叩き潰す!!」
「できるかな? 小娘ごときが」
「実に馴染んで最高にハイってやつな私を甘く見ないで!!」
 少しの間だけ睨み合って、二人は正面からぶつかっていく。
 すさまじい速度の攻撃の応酬。まるでどこかのアニメを見ているよう。時折二 人のうちの片方が吹き飛ばされて壁に激突しているというのは、最早笑うしかない。
 それにしても…リクルートって、何者なんだろう……
 気にしたら、負けなのかな…

 幾度目かの攻防。さっちんが吹き飛ばされ、二人の間に距離が開く。
 これまでは吹き飛ばされた方がまた突っ込んでいったのだが、今回さっちんは向かっていかずに、その場でリクルートを睨んでいる。
「どうした? もう降参か?」
 リクルートの挑発をさして気にした風でもなくさっちんは笑う。
「このままじゃ埒があかないから、一気に決めちゃおうと思ってね」
「む?」
 不敵な笑みを浮かべるさっちん。
「奥義!目からビーム!!」
「ぬぉぉぉっ!!!」
 さっちんの瞳から放たれた何かがリクルートの右腕を貫いた。
 致命打にはならないと思うが、かなり苦しくなるだろう。
「あ、あの技はっ!!」
 ……………
 そうか…○樫も虎○もいないんだっけ…
 一人でこんなことを言っても、寂しいじゃないか…
 せめて有彦でもいてくれたらなぁ……
 ……クスン。
 ともかく、超高圧の水分を発射しているんでしょう。
 これまでの流れから、デジこと言うよりピッコロみたいだけど…
 あ〜、でも、そんなこと言ったらジャンプで地震を起こされちゃうかなぁ?
 ………さっきから何を考えているんだろ、私。
 そんなお馬鹿な思考の間にも、二人は少年マンガをがんばっている。
 さっきの一撃が効いたのだろう。さっちんの方が優勢のようだ。
「これで止めよ!! もういっちょ目からビーム!!!」
「なんのぉっ!」
 さっちんのビーム(?)をハイジャンプで避わし、そのままライ○ーキックの体勢 に入るリクルート。
「SAにはSAでのインタラプト、か。定石ね。でも、私だって対空技ぐらい持 ってるわ!」
「なんだと!?」
「SAの打ち合いは結局ゲージ勝負! 決めさせてもらうわ最後の一撃!!
 私のこの手が真っ赤に染まる! 七位はイヤだと悲しみ咽ぶ!
 めぇぇぇぇっさつ!!
 ブラッドネスフィンガァァァァァァっ!!!」
「ぐはぁぁぁ………」
「これが私のグローブよっ!!」
 最後のは決め台詞なんだろうか?
 ともかく、さっちんの必殺の一撃ダメージ3倍(4倍)を受けたリクルートは大 地に沈みこんだ。
「色ちゃん、勝った…私勝ったよ!!」
「う、うん。おめでとう…」
 板ばさみになっている私としては、どっちが勝ってもあまり嬉しくはないのだ けど…
「さ〜て、邪魔者も居なくなったことだし、続き続きぃ♪」
「………まてい、小娘」
 ムクリ、と。
 崩れ落ちていたリクルートが体を起こす。
「そ、そんな……化物!?」
 …吸血鬼に言われちゃお終いだねリクルート。
「さっちん…あの技じゃ…止めはさせないんだ」
「ああっ! しまった!!」
 使う方が忘れてどうするの。
「…この翡翠、命に換えても姉御に手は出させん」
 そう言ってリクルートは"何か"をさっちんに向けて構えた。
 2m以上ある長いそれは、戦闘機の機関砲にも似ていて……
 あれ? もしかして、ソノモノデスカ?
 それ以前にそんなものをどこから出したリクルート!!
 ほら見ろ、さっちんだって固まってるじゃないかっ
「巫条の可学力は世界一ィィィィィ!!」(誤植にアラズ)
「うそぉぉぉっ!!」
 あ〜もう、どこから突っ込んだら良いやら…
 とりあえず、腹部から生えて来なかっただけ、マシかもしれない。
 一秒とちょっとの掃射で弾がなくなったらしい。
 30mmクラスだろうか。主力戦車すらも破壊する威力を持ったそれは、その射 線上にあるもの全てを粉々に粉砕していた。
 銃撃(そんな生易しいものじゃないけれど)をまともに受けたさっちんはコンク リートを突き抜けて建物の中に押しこまれていったようだ。
「やってくれたわね……」
 声がしたと思った瞬間、別の壁を突き破ってさっちんが帰ってきた。 
 全身血塗れの痛々しい姿へと変わっていたが、威力を考えればそれでも無事な 方だろう。
 普通の人間だったら、間違いなくミンチーに変わっていたろうから。
 というか、たいていのマンガの吸血鬼でも、これは死ぬぞ。
「くっ…」
 リクルートの方に近寄ろうとして、膝をつくさっちん。リクルートの方も立っ ているのがやっとのようで、攻撃に移れるだけの力はないようだ。
「だ、だいじょうぶ?」
「あは…心配しないで。
 …くっ、ここでソウルスティール使ったら色ちゃんも巻き込んじゃうしなぁ… 」
 そんなのも使えたんだ…
「…翡翠だったっけ? この勝負、ひとまず預けておくわ」
「……逃げる気か?」
「あなたと相打っても、しょうがないもの。
 …ゴメンね色ちゃん。なんか中途半端で終わっちゃって」
 いや、そのことについて謝られても…。そもそも私はそれを望んでいなかった はずでは?
「でも待ってて! 私きっと、立派な吸血鬼になって戻ってくるから。
 それじゃあ色ちゃん。私の家、こっちだから…。バイバイ。また今度ね」
 フラフラとした足つきで歩き出すさっちん。
 ひどく頼りなくって、思わず声を掛けた。
「一人で…平気なの?」
「ホントは平気じゃないけどね。しょうがないよ。でも、今度は一緒だからね」
 空元気なのだろう。にっこりと笑顔を浮かべているけど、どことなく辛そうだ 。
 別れ際、私はさっちんに画期的なアイディアを提案することにした。
「…あのね。やっぱり人を殺すのはいけないことだと思う」
「それは無理だよ。私は人間を殺さなくちゃ存在していけないんだから」
「でも、私はまだ生きている。別に殺さなくったって、血が吸えれば良いんでし ょ?」
「う〜ん、まぁ、そうなるのかな…」
「だったら輸血用のパックとか、死なない程度の血を吸ったら帰してあげるとか すれば、
人を殺さなくても生活は出来るんじゃないかな?」
「それはそれで情けないような…」 
 人としての尊厳と、吸血鬼としての尊厳の間で揺れ動くさっちん。
「ほら、ストロー使えば万が一にも相手が吸血鬼になっちゃうようなことは無い し」  
「蚊じゃないんだよ、私…」
 あ、ちょっぴり泣きそう……
「……うん、分かった。色ちゃんが言うなら努力してみる…」
 なんとなく寂しそうな背中を残して、さっちんは夜の闇へと消えていった。
 …はて? そう言えば、リクルートがさっきから一言も喋らないんですが?
 お〜い、リクルート〜?
「………」
 リクルートは先程の仁王立ちの姿勢のまま、身じろぎ一つしていない。
「もしもし? あの、翡翠さん?」
「………」
 これは、もしかして…
 立ったまま気絶していると言うお約束のあれですか?
 起きてよ〜、私一人でも帰る自信ないのに、あんたみたいなデカブツ、連れて 帰れないよ〜…
 それに屋敷に帰っても、秋覇になんて言い訳していいかわからないよ〜
 …結局。
 本気で困った私は、屋敷へ電話をかけるという至極普通の、そして後が怖い解決法を試みるのであった。
 電話番号を記憶していたのは幸運だったのか、不幸だったのか。
 全ては秋覇の顔色次第だった………
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