第十回「SWORD DANCER(ヲイ)
水無月 忍
時間は少しさかのぼる。
詳しい事は私には把握出来なかったが、ただ一つ言える事は、「色ちゃんが、あの神父を、ばらばらにした」と言うことだ。
数えられただけで、二十三回。それはあの神父を二十四個の欠片に「分解」した。
さっぱりワケが分からない。
何故色ちゃんにそんなことが出来たのかも、何故あそこまでやられてもあの神父は絶命しないのかも、どちらも私には理解できない。
「……やれやれ、それっきりですか?」
目の前の肉の小山から、ずるり、とまずは上半身が這い出した。どんな理屈か、カソックまがいの服まで、アイロンがけでもしたようにまっさらにして。ただ一つだけ分かるのは、今の私達にあの神父を殺す事は出来ないということだ。
そして目の前には、倒れている色ちゃん……
私に出来る事はただ一つ。
あそこの細切れの神父が再生しきる前に、色ちゃんを担いで逃げることだけだ。
やることが決まった以上、私は迷わずそれを実行した。
傷つき疲労した身体にはさほど重くない色ちゃんの身体さえ辛かったが、ここに置いていく事など出来るわけが無い。
色ちゃんは私の命の恩人で……思い人なんだから。
私は、私の指示に従わず勝手に力を抜いて地面にへたり込もうとする足に鞭打ち、最後の力を振り絞ってこの戦場から離脱した。
あの神父が復活するまで、残された時間は余りにも少ない。
どこか身を隠す場所を……



◇◆◇◆◇◆◇

それからしばらくして、シエルの「再生」が完了する。
再構築された足で立ち上がり、カソックについた埃を払う。
ゾクゾクした。
なんて、愉快。
獅子に嬲り殺されるべき兎が、最後の抵抗を見せてくれたような感じだ。
こうでなくては面白くない。
シエルは口の端をゆがめて笑う。
大声で笑い出したい気分だ。
なるほど。あのあーぱー吸血鬼があそこまでぼろぼろにされたわけだ。
もしかしたら何かの間違いで自分を殺してくれるかと期待できるほどだ。
「く……くくく……くはははははははははっははは!!!!」
ついに堪えきれない笑いが溢れてくる。
さて。夜はまだ長い。
獲物を探さなくては……



◇◆◇◆◇◆◇

         一方その頃。
遠野の屋敷の中を、緋翠が走っていた。
あの巨体に似合わず軽快な速度で、足音すら立てずに屋敷のある部屋を目指して全力で走る。
どんなに急いでいても一度立ち止まり、ドアを静かに二度ノックすることだけは忘れない。
「秋覇様。緋翠です。」
『入れ』
返事を待ってから緋翠はドアを開け、まずは一礼する。
「姉御……いえ。色様の所在を衛星が捉えました。それと……ネズミが二、三匹この街に入り込んだ模様です」
緋翠の言葉に興味を持ったのか、窓際で月を見上げていた秋覇が振り返る。
その目だけで秋覇の問いを察し、緋翠はそれに答える。
空気のようにそこにあり、何かを命じられても余計なことをいちいち聞いたり確かめたりしないよう、使用人としての教育は行き届かされている。
「色様に関しては姉上が料理に仕込んで飲ませた発信機がまだ生きていますので追跡に支障はありません。それとこれはあくまで不確定情報なのですが……教会が動いているようです」
少々予想外だったらしく、秋覇の片眉がぴくんと跳ね上がる。
「教会……あの絶滅機関か。兵力は?」
「派遣兵力はただ一人。第七位の『弓』のシエル神父です」
秋覇はそれを聞いて「はっ」と息を吐く。
「『弓』のシエル。『殺し屋』シエル。『黒鍵』シエル。『首斬神父』シエル。『天使の塵』シエル。『キレンジャー』シエルか。出身・人種・年齢全てが不明。分かっているのはこの数々のアダ名の他二つだけ。奴が化物専門の戦闘屋で、カレーが好物と言うことぐらいか……いいだろう。行くぞ緋翠」
「はっ。了解しました」
秋覇がまず部屋を出て、その後を影のように緋翠が続く。
「奴らの好き勝手にはさせんよ」
誰に言うでもない秋覇の呟きに、緋翠も頷いた。



◇◆◇◆◇◆◇

        ふと……シエルは足を止める。
見知った影が数メートル先に立っているのが見えたからだ。
「ニイッ」と勝手に頬が持ち上がるのが自分で分かる。
やっと本来の目標を見つけたのだ。
あんな半死人と成り始めくらいいつでも狩れる。
シエルの最大の目標にして、最強の吸血姫がそこに立っている。
あんなあーぱー吸血姫とは言え、倒されていく化け物には違いないので一応決まり文句を口にしておくことにする。
「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は我が神に逆らう愚者をその肉の最後の一片まで絶滅すること……AMEN!!!」
黒鍵で十字を作って奴に見せ付ける。
この程度で消えるなら可愛げはあるが、それでは面白みに欠ける。
さあ。狩りの時間だ。
「良い月ですね。化物(アルクェイド)」
奴まであと数歩か?すでに顔まで識別できる距離に近づいている。
アルクェイドもシエルと同じように顔面に「笑み」を貼り付けている。
「『ここ』にいた吸血鬼と、色はどうしたのかしら?」
顔色一つ変えずにアルクェイドは問う。
シエルも足は止めずに最小限の返答だけをする。
「とうの昔に始末した……と言いたいところですがね。生憎逃げられましたよ。存外しぶといものですね」
それで満足したのか、アルクェイドもシエルに向けて歩き出す。
ただ月明かりと街灯に照らされたアスファルトを踏む、乾いた靴音二つだけが夜の街に響く。
カッ……
一際高い靴音を立て、ちょうど背中合わせのような格好で、二人は示し合わせたかのように、同時に立ち止まる。
「残っているのは貴女だけです」
「そう」
それが合図だった。
黒鍵を投げ捨てたシエルも、アルクェイドも同時に固く拳を握り締め、お互い振り返りざまに相手を全力で殴打する。
まるでお手本として教科書に載せられそうなクロスカウンターだ。
惜しむらくはヒットマンVSニャンプシーではなく、ただお互いの拳を相手に力任せに叩きつけただけと言うことだが……
「ぶぁッ、ばッ、がは……化物(アルクェイド)ォ!!」
「がッ、はア、はッ……もう我慢できないって言うの人間(シエル)!!」
それから先は技も何も無く、ただお互いに拳を叩きつけ、生命の削りあいをするだけだ。
しかし……そんなどつきあいも、一発の乾いた音に遮られる。
続けてさらに十五回の音と、ほぼ同時に十六発の弾丸が、今まさに殴り合いを続けている二人に撃ち込まれる。
ただ扱いやすいと言う以外利点が無いベレッタの全弾を叩き込んだ。
半々の八発ずつの9ミリパラベラム弾は、シエルの額に二発命中。アルクェイドには命中弾は無い。
こんなものあの二人にとっては当たっても痛くも痒くもない。撃った方もただ注意を引くために撃ったに過ぎない。
『ここいらはウチのシマでね。なにをしてくれるんだシエル神父』
いまだ硝煙たなびくベレッタを構えているのは……秋覇だ。
銃弾を撃ち込まれたシエルも、何事も無かったかのように煙を出し再生を始めている。
「……『再生者』か。それと回復法術。……噂どおりだなシエル神父」
ベレッタを構えて立つ秋覇の後ろには、緋翠と琥珀も控えている。
……緋翠に至っては両手にM249SAW 5,56mm分隊機関銃を持ち、右手はシエル、左手はアルクェイドに照準している。
最大でさらに十二秒で二百発の弾丸が撃ち込める計算だ。まあ、人外のこの二人に一体どれほど効くのかは分からないが。
ちなみに全備重量は9,64kgである。片方が。
「……遠野家当主、遠野秋覇さんですか……当主自らのお出ましとはせいの出ることで」
名指しされたシエルはそれに反応出来たが、アルクェイドは突然の闖入者に呆然としている。
「繰り返すが生憎『ここ』はウチのシマでね。教会の出る幕は無いからすぐに退きたまえ。」
「退く?退くだと!?我々が?地上の神罰代行者が?ナメるなよ○○○野郎(ちなみに「○○○」には各自お好きな、良い子が使っちゃいけない言葉を入れてください)。我々が貴様ら汚らわしい化け物ども相手に引くとでも思うか!?」
一触即発。
シエルは黒鍵を構え、緋翠は秋覇を庇うように前に出る。
なにかきっかけがあれば、迷わず戦闘に突入する。
「……分かった!!!」
しかしそんな中、素っ頓狂な声を出したのは……アルクェイドだ。
あまつさえ秋覇を指差して叫ぶ。
「シエル!!! これがマルヤ・マルボウっていう人種なのね!!!正式名称893か暴○団!!! 後ろにスーツとサングラスの強面の男と、愛人侍らせてる事から一目瞭然ね!!! 学習してきて話には聞いてたけど、実物見るのは初めてよ……」
「誰がヤ○ザだ!!!」
秋覇は叫ぶが……緋翠がいる時点でそう言われても無理は無い。と言うかそう言われても文句は言えまい。
「あらら〜……私が愛人ですか?」
そこに居ると言うだけで、いまいち影の薄い琥珀は呆れ顔で呟き……
「あわよくば皆さんアジって(扇動しての意)血まみれの泥沼の争いを起こさせようと思ってましたのに……」
訂正。そのまま何もしないでいて下さい。
とにかくその場にいたアルクェイド以外の全員が同時に溜息をつく。
「興がそがれました」
唐突にシエルは秋覇に言う。
「まぁ、闘争の空気でないのは確かだが……」
秋覇もやる気無く返答する。
「どうせ今持っている黒鍵程度では殺しきれませんからね。今日のところは退いておきましょう。ただし……次は殺します。必ず殺します。第七聖典で転生すら出来ないように殺します」
物騒な捨てゼリフを残し、シエルはどこかに飛び去ってしまう。
アルクェイドはとりあえずぽりぽり頭を掻き、三人組を眺める。
「……で、どうするつもり?私とやりあおうって言うの?シエルがいなくなったから、たかが人間の三人くらい鼻にもかけずに見逃してあげるけど?」
余裕たっぷりのアルクェイドを見て、琥珀はくすりと笑う。
ゆっくりと緋翠の背後に忍び寄り、緋翠のトレードマークのリクルートスーツの上着を脱がすと同時にいきなり歌い出す。
『……♪それは悲しみの淵より生まれ出で……』
琥珀の「歌」に緋翠がぴくんと反応する。
「……雄ぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおぉおぉぉおおおお!!!!」
反応するのみならず、全力で咆哮する。
同時に緋翠の筋肉が二倍以上に膨れ上がり、Yシャツが文字通り「爆発」する。……下半身の服まで吹っ飛んでしまったら放送禁止なので、当然上半身だけが裸になる。
当然胸に北斗七星の傷痕など無いことは付け加えておく。
「さあ緋翠ちゃん存分に殺っちゃうアルね〜♪」
歌った当の琥珀さんもガンパレード状態になって、テンションがミスター陳になっている。
このさらにもう一段階上が「テンションがマジカルアンバーになっている」状態であるのは余談である。
緋翠も答えて一声吼える。
「応!!!」
しょっぱなから全力疾走。
琥珀さんに緋翠をけしかけられたアルクェイドも、あまりにアレな光景に全く反応出来ていない。
やっとアルクェイドが我に返ったのはすでに緋翠が眼前に迫った時だ。
それでも何とか飛び退き緋翠の拳を避ける。
……なにやら不穏な音がした。
緋翠の拳が当たった場所を爆心地に、周囲のアスファルトが「陥没」する。
さっきアルクェイドが食らった、シエルの拳なんかとは威力がぜんぜん違う。
「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ!!!」
アルクェイドの叫びはバーサークした緋翠には届かない。
「色さんには毎晩のように逃げられ、この前は吸血鬼に負けて色さんを危険な目に遭わせちゃいましたからね♪ここいらで金星上げておかないと翌月の給料の査定に響くんですよ〜。ガンパレード状態になった緋翠ちゃんは手がつけられませんからね〜」
琥珀さんはあくまで楽しそうだ。
「じょ……冗談じゃないわよ!!!こんなキチ(ピー)相手に戦えるワケ無いじゃない!!!」
対するアルクェイドは顔面蒼白。
この時点ですでに勝負は決まっている。
……アルクェイドが本気を出せばどういう結果になるか分からないが、恐らく緋翠は負けるはずだ。
しかし緋翠の「氣」に押されて、そもそもアルクェイドにはやり合おうと言う考えさえ浮かばない様子だ。
のろのろと、キリキリ歯車の擦れ合う音が聞こえそうな様子で緋翠は拳を振り上げ、これでもかと言うほどに右の拳を引く。
言うまでも無い。発射のための準備だ。
腰の捻りまで威力に乗せるべく半ばアルクェイドに背を向けた状態だ。
……当然背中に斬られた任侠彫りなど入っていないことは付け加えておく。
躊躇うことなく発射。
踏み込んだ足が地面を揺らし、たまたまアルクェイドが避けた射線上にあった街灯が根元から折れ飛ぶ。
「止めよ止め!!!やってられないわよ!!!」
アルクェイドはさっさと、緋翠がついて来られない様に飛び去る。
こうして後には遠野家の人間だけが残された。
戦闘終了と同時に器用に筋肉を元の状態に戻し、緋翠はスーツの上着だけを着る。
これまで事態を傍観していた秋覇は琥珀に問う。
「さて。琥珀。姉さんの反応は?」
「はい……どうやらこの近くにいるようです」
秋覇の問いに受信機を見ながら琥珀が答える。
「さて。野暮用も済んだ事ですから、門限も守れない姉さんに、少々キツめにお灸を据えてやりましょう」
秋覇の言葉に使用人二人はただ無言で頷いた。

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